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夏日 純希
夏日 純希
novelistID. 55916
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すれ違いの糸

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 お前はどうやって糸を使ったんだ?」
 カウントダウンのつもりだろうか。あと二つ、という部分を金井先生は強調した。
「ああ、そのことですか。いいですよ。教えてあげます。でも、糸の使い方の前には、先生は絞殺の種類を知るべきだと思いますよ」
 絞殺には、種類がある。一つが気道閉塞すること。もう一つが脳への血流を止めること。どちらでも人は死ねるが、後者はスマートではない。顔面にうっ血が残るのだ。それはやはり美しくない。では、一体どうすればうっ血なく絞殺ができるのか。概略をするとこれだけの話だが、啓介はいろいろな事件を例示しながらゆっくりと話した。金井先生は、時に相づちをうち、時に小さな質問もし、それなりに熱心に話に耳を傾けていた。
「勉強にはなった、かな。最後の質問だ。お前の動機は?」
 それはどうしても話せなかった。嘘をついてもよかったが、嘘は苦手だ。見破られたときに、完全に主導権を持って行かれるのは望ましくない。啓介は少ない選択肢を吟味して答える。
「それは秘密です」
「動機が私と同じであるならば、同志として扱わないでもないんだが」
「先生の動機はよくわかりませんが、間違いなく同じではないですね」
「そうか。それは残念だ。他に話すことはあるか?」
「話すことがなくなれば殺すと言うなら、もう少し話しますよ」
「生徒の話は最後まで極力聞こうと思うんだ。そうしなければ、最近の親はうるさいからな。あぁ、でも死んだらもう生徒ではなくただの死体だから、もう聞く必要もないか」
 金井先生は、立ち上がって一歩、二歩と啓介の方へと歩みを進める。啓介の心臓はぎゅっと締め付けられる。まだだろうか。もうそろそろでもいいはずなのに。啓介は時間稼ぎの方法を焦りながら考えていた。他に先生が殺しを中断するほどに興味を持つ話題は何だ。何かあるだろう。現時刻がわからないという不確定要素が啓介を不安にさせる。もう切り札の話を使うしかないのだろうか。
 そのとき、急に室内にこの状況には似つかわしくない和やかな電子音が鳴り響いた。場の空気が変わる。啓介には余裕が生まれ、金井先生が明らかに狼狽(ろうばい)し始める。
「何だこの音は?」
「いや、僕の携帯電話のアラーム音ですよ」
「馬鹿を言うな。既に取り上げて電源は切ったはずだ」
 金井先生は自分のポケットから啓介の携帯電話を取り出すと電源が切れていることを確認した。それでも、アラーム音は鳴り続けた。金井先生は音を頼りに場所を特定しようとする。どうやら啓介の方であることには間違いないようだった。
「僕は携帯電話を二年も三年も使うのは反対なんですよ。だから、最近変えたんです。まぁ前変えてから一年もたってなかったから、物を粗末にするなと怒られちゃったんですけどね。先生には、その携帯電話が最近のものに見えますか? 見えちゃいますか。それは、残念。僕にとっては一年前の化石携帯です。これが、ジェネレーションギャップってやつですね」
 携帯電話は啓介のカバンの底板の下から見つかった。金井先生は急いでアラームを止めようとする。
「あと、僕は趣味でアプリも作ってまして、特定の誰かに自分の緊急事態と場所を伝えることは、そう難しくなかったりして」
 啓介は金井先生に会う前に、タイマーをセットしておいた。解除しなければ自動的に緊急事態とみなすようになってある。アラームが鳴ったのは、もうチェックメイトであることを示していた。切り札がきた。
 開いていた扉から影が一つ。
 やっとアラーム音が止まってほっとする金井先生。
 金井先生の後ろに立つ華奢(きゃしゃ)な人影。
 手と手と足と足と首。
 新体操のリボンのようにしなやかにコントロールされた糸が順に巻き付く。
 嬉しそうに両手両足を広げた操り人形に見えた。
 そこから、汚物が淀んだような苦しそうな声が聞こえる。
 啓介の視線は糸を操る幼なじみにくぎ付けになった。その所作はとても美しい。かすみのことを模倣犯などと呼ぶのは間違いだ。啓介からすれば、本物はかすみであり、金井先生こそが模倣犯である。そのたおやかな殺人仕草はまさに万人が愛するに値するものだ。だが、今それを間近で鑑賞できるのは啓介だけ。啓介の感性全てが嘆息し、満たされた。
 こうして、啓介の目的は目論見(もくろみ)通り達成された。
 
 以前から、かすみの家はおかしいと啓介は思っていた。
 まずは家のメンツからして変だった。
 かすみのお母さんは数えるぐらいしか見たことはない。最近では全く姿が見えない。その理由はかすみも知らないらしい。ただ、かすみの父親によると、家を出たわけでもないらしい。
 かすみの父親は重戦車のような人だった。正対するだけで生殺与奪の権利を掌握された気分になる。啓介の場合は小さい頃から見ていて慣れてはいる。それでも、ときどき殺気みたいなものを感じることもある。だが、かすみが啓介のいつも味方だったので比較的安全だった。どうやらあの父親であっても、娘には頭が上がらないらしい。
 あとは家になぜかお手伝いさんみたいな人がいた。役割的にはお手伝いさんなのだが、雰囲気は少し冷酷な感じがする、できるビジネスマンという感じだ。一般的なお手伝いさんのイメージからはかけ離れていた。
 家だけで啓介の家の敷地の二倍ぐらいあった。庭も幼稚園の運動会ぐらいならできそうな広さだ。地下にはトレーニングルームと、啓介が絶対に入ってはいけないと言われていた謎の部屋があった。そして、いたる所に監視カメラがついており、セキュリティ的にもがちがちだった。
 最近かすみの正体を偶然知ってしまった。それまではただのおかしい家という認識だった。しかし、それで合点がいった。あぁ、プロの殺し屋の家庭だったからか、と。
 事実を知った日は、強い雨が降っていた。その日啓介は教科書を学校に忘れた。次の日には、終わらせないといけない課題があった。その教科の先生は、課題を忘れたら必ず居残りでの勉強を強制させる厄介な奴だった。夜に忘れ物に気づいた啓介は教科書をかすみに借りるしか手はなかった。
 かすみに電話をしてみたがつながらない。夜の十時前頃だ。家に行けばいるに違いないと思った。用件をメールして、雨ガッパを着て自転車で家に向かう。
 かすみの家のインターホンを鳴らすと父親が出た。そして、不在を告げられる。この父親は普段から啓介のことをかすみの周りを飛ぶハエか何かと勘違いしているらしく、扱いはひどくぞんざいだった。
「女子の家に何時に上がり込むつもりだ?」
 インターホン越しでも野太い声には凄みがある。誰も上がり込むなんて一言も言っていないのにと聞こえない声でつぶやく。かすみの父親は聞く耳持たずのようで、仕方がないから帰ろうとしたときだった。
「待てよ。気が変わった。そろそろ頃合いかもしれないな。
 町外れの竹藪(たけやぶ)にかすみがいるから、迎えに行ってくれるか? 覚悟があるのなら」
作品名:すれ違いの糸 作家名:夏日 純希