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夏日 純希
夏日 純希
novelistID. 55916
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すれ違いの糸

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 どうすればいいのか。頭ひねって考えるが、心臓の鼓動が大きくなるだけだけだった。仕方がなく模倣犯の事件をネットで調べてみた。考えてみれば今までは蚊ほども気にしていなかったため、事件のことは全くといっていいほど知らなかった。
 すぐに事件を時系列でまとめてあるサイトが見つかった。
 何が私と比べて鮮やかだったのか。そのサイトには、絞殺した際の首を絞めた痕跡にあると書いてあった。五月にあった事件はすぐには絞殺とはわからないぐらいだったようだ。どうすればそんなことができるのかは、私には到底わからない。私は糸の専門家ではあるが殺人や人体の専門家ではないのだ。
 模倣犯が行った事件についての記事を何度も読み返した。手掛かりがあるとすればここしかない。しかし、相変わらず思考は泥のようだった。あの模倣犯の高笑いが聞こえてくるかのようだ。
 やがて私はあきらめた。もう読み返す意味もない。頭の中に全て刻み込んだ。それでも何も浮かばないのだから、切り口を変えるしかない。ブラウザの元に戻るボタンを押す。とりあえず押しただけだ。それからどうすればいいかはわからない。新たな検索ワードはないだろうか。そもそもインターネットで見つかることがこれ以上あるだろうか。画面と正対して考えた。
 画面を見ていると、やがて小さな違和感に気付いた。何度も何度も見返す。記憶の確からしさも自問する。頭の中でつながった一つの糸は、全てを解きほぐしていった。笑いがこみ上げてくる。絶対にあいつだ。あいつは模倣犯しか知らないことを知っていたではないか。
 自分で正体を晒(さら)してどうする。やっぱりガキがやることは幼稚だ。メールの送り主がわかった途端、自信と余裕がみるみる蘇(よみがえ)った。そうだ、せっかくだから犯行のコツぐらいは聞いてから始末してやろう。
 心臓がトクンと鳴ってはっとした。人は浮かれたときにミスをする。自分の中の格言とも言っていいこの言葉が警笛を鳴らす。私は今浮かれている。何か見落としがあるかもしれない。そう自分の心の手綱を引いてみた。
 そもそもこのメールの意図は何だろう。本当に私を批判するためだけだったのだろうか。何か彼にメリットがあるのか。警察に証言すれば私はもう捕まっているかもしれない。それなのに、ただ私の幼稚さとやらを指摘しているだけだ。このメールによって模倣犯は自分の犯行を、私の犯行とは別件である証拠を残してしまった。
 犯行方法からすれば模倣犯はある程度頭がいい。ミスはするだろうが、無益な行動はしないような気がする。このメールに、隠れた意図はないだろうか。私はそれが気になって仕方がなかった。
 
 啓介は目が覚めると体育倉庫にいた。
 真っ暗だ。唯一、扉の隙間からの薄明かりが周囲をぼんやりと照らしていた。
 金井先生に呼び出された後、二人で話をしていたことは覚えている。その後、急激な眠気に襲われてからの記憶はない。
 時間はわからない。体育倉庫に窓はないから予測するのも難しい。手は後ろ手に縛られていた。足も縛られているので簡単には立ち上がれそうにもなかった。しかもロープというよりはかなり硬質な糸で縛られているらしく、動くと肌に食い込んで痛い。今にもネズミが走ってきそうなかび臭さが気分を更に滅入(めい)らせた。唯一カバンだけは、近くに転がっていたので啓介は少しだけほっとした。
 右ポケットに入れていた携帯電話がなかった。普通に考えればここに来る前に犯人に回収されてしまったのだろう。助けを呼ぼうにも叫ぶぐらいしかできない。そして叫んでも恐らく近くの民家まで声は届かないだろう。
 しばらくすると体育倉庫の木の扉が不恰好な音を立てて開いた。入ってきたのは金井先生だった。金井先生は、啓介が目が覚めていることを確認すると、おもむろに跳び箱に腰を掛けて話し始めた。
「聞かせてもらおうか。私の犯行の何が幼稚なのか」
 勝ち誇ったその口調は、幼稚なのはむしろ啓介だと言っているように聞こえた。
「先生、何のことですか? 何で僕はこんなところで縛られているんですか?」
「しらばっくれるなよ。お前は俺に言ったよな。『犯行は二か月ごとにしか起きてない』って。確かに俺の犯行は二月、四月、六月だ。だけど世間的には模倣犯が、模倣犯として認知されていない。ということは、それに五月が付け加わる。一体どこが二か月ごとなんだ?」
 啓介はしばらく沈黙したが、やがて口を開いた。
「そうですね。最近の傾向を踏まえると、普通は一か月ごとだと言いますね。あえて、そう言いましたよ。先生が糸の通り魔かどうか知りたかったんで」
 啓介の口調は、落ち着いたものへと変わった。
「諸刃(もろは)の剣だな。五月が模倣犯だって知っているのは、俺と模倣犯だけだからな。最後まで私が気付かない方に賭けたってわけか?」
「そう思ったんですけどね。思ったよりは頭がキレるんですね。見くびっていたことを反省します。それはそうと、自分が糸の通り魔だということを認めるんですね」
「認めるさ。今から死ぬ奴に対して認めたったって問題なかろう。お前になら私の初恋話だって洗いざらい話してやってもいいぞ。冥(めい)土(ど)の土産ってやつだ」
 金井先生はさも楽しそうに笑った。聞けるならば聞いた方が時間は稼げそうだが、恐らく話すつもりもなさそうだ。啓介は話の主導権を渡さないように言葉を選ぶ。
「それは興味がないんで勘弁して下さい。聞いても三途(さんず)の川に流す位しか用途がないでしょうし、そしたら川も汚染されてよくないでしょうしね」
「そいつはつれないな。とっておきの話だったんだが。ところで、どうして俺だとわかったんだ?」
「糸にえらく固執しているようだったので、もしかしたらと思ってかまをかけただけですよ」
「異常と思われないように気をつかっていたつもりだがな」
「確かに普段の態度ではそこまで固執しているという印象はありませんでしたよ。でもね、さすがにゴミ箱に捨てられた布の繊維を観察するのはいささか異常かな、と思いまして」
 体験入部した最初の日、かすみと啓介は被服室を最後に出た。布は帰る直前に捨てた。残っていたのは金井先生だけだ。次の日の朝に忘れ物を取りに行った。かすみの捨てていった布は、はさみの切り口とは違う綻びを見せていた。不思議に思って後日カメラを仕掛けて確認すると、それは先生が糸を見るためだったということがわかった。
「なるほどね。これからは気をつけるとしよう。でも、それほどまでにあの手織りの布は興味深い物だったんだよ。ああ、そうだ。本田にはどこまで話したんだ?」
「何も話してませんよ。先生が僕の話を信じるかどうかはわかりませんが」
「いや、信じるよ。生徒が嘘をついているかどうかは大体わかるんだ。お前も嘘はついていなさそうだ。本田の態度も何か知っているようには思えなかった」
「生徒の話を無条件で信じてくれる先生って好きですよ。通り魔でなければ、なおのこと好きだったんですが」
 金井先生は啓介の皮肉に対してあきれたように笑った。
「別に好かれるために教師をやっているわけではないからな。さて、聞きたいことは手短に聞いておきたい。聞くべきことはあと二つだけだ。
作品名:すれ違いの糸 作家名:夏日 純希