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D.o.A. ep.58~

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船頭に下半身が魚の女の像を掲げた大型の船が、悠然と入港してくる。
海賊船とは一味違う、どこか品を感じさせるデザインに、波をこえる様さえ優雅に映った。
港に殺到した民衆と、王宮の音楽隊が、久方ぶりにかえる尊き人を出迎える。

ライル、ティル、グラーティスの三人も、気付けば押されて港に流されていた。
警備兵によって整理されつつはあるが、まさにすし詰めだ。
周りの者の話に耳を傾ければ、アルルーナ国のシューレット王女は、ガーラント国へ留学していたらしい。
帰るのがこの日であろう噂が伝わっていたため、彼女を迎えるためだけに今日訪れた人も少なくないそうだ。
まだ姿さえ見せていないのに、その歓迎ぶりは熱狂的だ。
ロノアにも王女はいるが、ここまでの人気はないだろう。

この混みようでは、その王女様の帰国イベントが一段落つくまで動けまい。
ただでさえ嫌気がさすほど暑いのに、密集する人々の熱気が目に見えるようだった。
橋を渡って一人の人物が降りてくると、群衆は音楽隊の演奏が霞むほどに沸き立った。
女というより少女といったほうが相応しい、まだまだ幼さが勝る可憐な顔立ちの娘だ。
けれど、歩く動作一つとってもやはり庶民とはちがう。
そのうえ、王族としての教育を徹底的に受け、王族としての自覚と自尊心に満ちた立ち姿だった。
たとえるならば、凛と咲く青い華。
さすがに大勢にかこまれ注目を一身に浴びても、物怖じしたところが少しもない。

「みなさま。お出迎え感謝痛み入ります。
あちらでは学ぶことも多く、多忙な日々でしたけれど、我が民のことが常に励みでしたわ。
この目映い日差し、熱い砂の風、我が民の笑顔、なにもかもが懐かしく、なにもかもがより愛おしく思えます」

柔らかく上品な声音が告げると、一斉に拍手が巻き起こったので、つられてライルも手を叩いた。
ほほえみを浮かべるシューレット王女は、彼女のために集まった人々をゆったりと見渡しながら、続ける。

「2年前、このスタイン港から発つときも、こうして大勢の方が駆けつけ、見送って下さいましたわね。…あの日のわたくしの誓いを覚えておいでかしら。
異国で様々な経験を経て―――わたくしは今、未来の統治者として、確実に成長し、戻って参りました」
完璧な礼でもって拍手に応える。

「統治者?」
「アルルーナは女しか王になれない国なの」
疑問の呟きを耳聡く感知したグラーティスが、ライルにこそっと耳打ちで教えてきた。
ロノアの王女との違いに、なるほど、合点がいった。
求められる姿は、夫の隣で上品に押し黙る貞淑な妃ではなく、国家の頂点に立ち民を導く堂々たる王なのだった。
彼女は、未来の王なのだ。
たおやかな背に、いかほどの期待と重圧がかかっているのか、想像すらできない。
住む世界が違うなあ、と熱でぼやけそうな目で彼女の姿をとらえていたが、突然、

「――――…ッ!!」

うなじに突き刺さるような寒気が、彼を襲った。
雑踏の中に潜む、確かな異物があった。
それは、ハッとして辺りをきょろきょろと見回す彼の視界に、ほんの一瞬だけ映りこんだ。
しかしそれがなんなのか、認識が追いつく前に人ごみへ紛れてしまったから、正体はわからなかった。
ただ、不吉な。
ひたすらに不吉ななにかが背中を這い、血の気が奪われるようだ。
シューレット王女がジョークでも言ったのか、周囲では笑いの渦が起こっていたが、ライルはもはや彼女の話を聞くどころではなかった。


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har