D.o.A. ep.58~
「いねえなって思ってたら、弓兵くん、こんなトコでなーにやってんのサ」
「………みればわかるだろ」
船べりにのしかかる青年・ティルバルトを見かけ、面白半分に声をかけた。
振り返った彼は、恨めしげな銀の眼で声の主を睨めつける。が、いかんせん顔色は蒼白で、常より迫力不足だ。
「へえ。おめぇさん、船弱いんだぁ。意外」
「……俺も、はじめて知った」
なにしろトータスから出たことがないのだ。
馬車は、平気だった。ならば船だってどうということはあるまい、とたかを括っていたら、このざまだった。
この幅の広い不規則な揺れが、三半規管を手酷くいたぶる。
「酔い止め、あげよっか」
「…………」
よく知りもしない男に借りを作るのは躊躇われ、
「効き目はたしかだぜ。オレはコレで二日酔いが抜けなかったことが無い」
果たして二日酔いの薬が船酔いにも効くのか、大いに疑問が残るが、しかしこの症状が少しでもよくなるなら、と結局、
「…頼む」
しぶしぶ手を伸ばした手に、小さな袋がちょこんと乗っけられた。開いて飲み干す。
「ってかさ、気分悪ィならこんなトコいちゃ余計よくねえのよ。前と後ろは揺れがデカイの。真ん中行きな真ん中」
「…そう、なのか」
幾分感心しながら、目の前の男を眺めていたが、ふと気付いたように首をかしげた。
「あんた、何者だ?」
「おいおい、そりゃねえだろ!これから道中一緒になる人間に対して!!」
「道中一緒…?」
「アルルーナで降りるし、レニシアにも行くから、一緒に行っていいよなって訊いたら、オッケーくれたろが!」
「そうだった、か? …おぼえてない」
とほほ、とがっくり肩を落としたが、すぐに気を取り直して手のひらを差し出してくる。
それと、彼の顔を見比べて、再び首をかしげる。
「オレは旅の傭兵、グラーティス=ハイズだ。よろしく」
「雇われたいのか?」
「イヤ…別にそーいうわけじゃねーけどね。酔い止めに免じて、許可してよ、な?」
「…意味がわからない」
落ち着いてきたのか、グラーティスに向ける目が一気に懐疑的なものに変わっている。
アルルーナで降り、レニシアに行く旅の傭兵。名前はグラーティス=ハイズ。
たったこれだけの情報で、信用できる方がどうかしている。
彼が万が一にもクォードとつながりがあって、頃合いを見計らい陥れられる可能性が無いとも限らない。
「何が目的なのかわからない以上、行動を共にするのは無理だ」
「警戒心強すぎだろ、おめぇさんたち今までどんな目に遭ってきたんだ」
「どんな目に遭ったにしても、あんたが信用できる人物には到底見えない」
「あのボウズも言ってたぜ。面倒な事情抱えてる、ってな。おおかた何かに狙われてて、オレがその手の奴じゃないかと疑ってる、そうだろ?」
「………」
「…あのね、よく考えてよ。レニシア行きたいのに、こんな無人島にいたってことは、どうせ不本意に着いたんだろ?
オレが敵だとして、おめぇさんたちが偶然あの島に着くのをわかってて、あらかじめその島を目指す海賊船長と仲良しになって、船に雇われて乗っけてもらって?
んでもって獲物にニコニコすりよって、仲間にして〜って頼んで、そのうち裏切る? …それ自分で考えてておかしいと思わない?オレは思ったね」
「……それ、は」
「狙ってるってんなら、チャンス幾らでもあるじゃねぇの。今のボウズなんざ簡単に攫っちまえらァ」
「………」
「目的?ンなもん、レニシアは新興国の中でも一番勢いがあるし、傭兵として一稼ぎ狙いたいって考えてもおかしかねえだろう?
でもあんまり世話になるのも悪ィし、とりあえずアルルーナで降りて、そこからレニシアへ行く手立てを考える。
で、同じ目的地の奴がいるから、どうせなら一緒に旅した方が退屈しないだろ。ほらみなさい、ぜんぜん怪しくない」
クォードは、自前の船隊を持っている。海賊団の船長に乗せてもらう必要は生じない。
その上、エメラルダが敬服するほどの「クォードの遺産」を所持する連中が、転移術を持っていないと考える方が不自然だ。
ロウディアかバスタードがあの島に直接来れば邪魔も入らないし、手間もないのである。
ロウディアが賢者の領域に襲いかかってから10日以上が経っている。
来れるなら疾うに来ているほどの時間が、すでに経っているのだ。
「大体さぁ、おめぇさんたちいわく怪しげな男をわざわざ近付かせて陥れるなんて…
そんな手の込んだ回りくどいことしなけりゃ目的果たせねえ連中なの?おめぇさんたち狙う奴らって」
「…あんたは、敵じゃないと、とりあえず判断する。 …これ以上俺から言うことは、何もない」
「うんうん。そうそう。人の好意をあんま疑うモンじゃないぜ若者よ!も・ちっと世の中素直に見つめてみることをおススメするぜ」
満足げに高笑いしながら、グラーティスは、ンじゃお大事にー、などと上機嫌で告げて立ち去った。
その背中を見送るティルの眼差しは――――依然、疑いに満ちていた。
クォードについて、彼は何も語っていない。
相手が個人であるか、複数であるかさえ、口にしたことがない。
おそらくライルとて同様。深くかかわるつもりもない男に、自分の身の上をぺらぺらと明かす少年ではない。
なのに、グラーティスは迷いなく「連中」「奴ら」と断定している。
そしてなにより、チャンスが云々、の内容だ。
狙われているというのなら、普通命を狙われている、と考える。
攫ってしまえる、といったのだ。
殺してしまえる、ではなく。
――――あの女、そいつだけは生かして捕らえたいらしいが、俺はそいつに怨みがあるんでね。だからぶっ潰す。
彼の言葉を聞いた時、ロウディアの言葉がよみがえって合致し、人知れず息を呑んだ。
クォードはライルを生かして捕らえたいと知っていて、気付かず口から滑ったのではないかと、そのように疑ってしまう。
もし今グラーティスを問い詰めても、深読みしすぎだと軽くあしらわれるだけにちがいない。
それでも、喉に小骨が刺さったような程度の小さな、されど確かにある違和感が、ティルの胸中から疑念をぬぐわせなかった。
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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har