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D.o.A. ep.58~

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Ep.59 アルルーナの玄関口




茹だるような熱気は、海路を進むごとに増しているような気がする。
ライルは寝台の上で、天井を仰ぎながら、今日何度目か知れぬ溜め息を吐き出した。
包帯の下の汗が、気持ち悪いことこの上ない。
怪我の治癒にも、衛生上よろしくないのではなかろうか。

とはいっても実は―――当の彼も信じがたいのだが、あれだけの深手は、今も刻々とありえない早さで塞がっている。
包帯を交換する際、その治癒速度を、明らかに気味悪がっていた。
そして、こんな早う治るわけないやろ!と、現実を認めるのを拒否した船医によって、安静を言い渡された。
「前は…、こうじゃなかったのになぁ…」
我ながら出鱈目な快復ぶりに、いよいよ化け物じみてきたと苦笑が漏れる。
以前ティルから聞いた話によれば、アライヴというのは、致命傷を受けても瞬時に再生する能力を持つらしい。
レオンハートは、ライルを同類と見て、災いをもたらすと罵った。
彼は彼の決めたことを命をとしてやり通すだけだが、周りに災厄を広げる存在にはなりたくない。
この傷の治りの早さが、悪い兆しに感ぜられ、頭痛がしてきた。
戦いの狭間に見たあの光景は、決して現実のものにはさせない、と心に刻み付けていると。

「ライルくーん、怪我の具合どや?お見舞い来たでー」

相も変らぬ能天気な異国風のトーンがライルの思考を霧散させた。
首だけを向けると予想通り、バンダナの三白眼男ジャックが、陽気な笑顔でライルの寝台に歩み寄ってきている。

「うん。ありがとう」
「痛々しいな。それ」
「ほんとはこんなの、もういらないんだ。でも信じてもらえなくて」
包帯で太くなった腕を、軽く回しながら恨めしげに睨む。
「ハハハ、またまた〜。そんなはよ治るわけないやん、あ、りんご食べる?」
全く意に介さず笑い飛ばしたジャックは、持参した果物を取り出してみせた。
解いて治り具合を露わにして見せたい衝動に駆られるも、巻き直すのも面倒なので思いとどまる。
傭兵が出してきたきり誰も片付けないままの椅子を勧めると、腰を下ろして存外器用に皮を剥きだした。
そんな姿をなんとはなしに眺めた。
ネイア救出出発前は暗澹とした顔つきだったが、今は憑き物が落ちたように穏やかな微笑をたたえている。
あの獣と、何を話し、どんな時間を過ごしたのだろう。それは、踏み込めない領域のような気がして、訊ねるのは躊躇われた。
「ん、どうぞ」
「いただきます」
結局一度も途切れさせずに刃を滑らせ終えたジャックが、等分に切った果実を差し出してくる。
驚くほど冷えており、発汗で渇いた喉に染み入るようだった。
ジャックは、いたずらが成功したように、白い歯を見せた。
「びっくりした?入れといたモン冷やす箱やって。船長金遣い荒いけど、たまに掘り出し物見つけてくるから、侮れんわ」
「魔力レーダーだって……」
「あれは先輩らの腕あってこそや。そのままやったら置物にもならへんて」
案外趣きがあっていいかも知れない、との擁護は飲み込む。
どう想像力を働かせても、やはりガラクタだったからだ。
ティンクというジャックの先輩は、はがれた塗装ひとつにもうっとり夢中になっていたが、あれは特殊な例だろう。

「魔力レーダーゆうたら、あのな…あの島にはもう、俺ら以外の人間はおらんかったらしい。 …残念やけど」
「うん。聞いてる。みんなにありがとうって伝えてほしい」
「…ライルくん」
「俺もさ、意地になってた。あの島で見つからないと、一生会えないんだって。けど、あんた言ってただろ。
希望持ってたら、世の中そんな意地悪じゃない。 …それ、信じてみたい気持ちなんだ」

彷徨うように島を歩きまわった十日の間、常に懐いていた泣きたいくらいの焦燥が和らいでいる。
会えるさ、となんの根拠もなくささやいた傭兵のおかげでもあるだろうか。
無論、一刻もはやく彼女の傍へ行きたいと願う気持ちに変わりはない。
それでも、もう二度と会えないかもしれない、という悲愴感が、薄らいでいるのだ。
「楽観的すぎるかな?」
「いや…」

淡い緑をまっすぐ見据え、ここにいない誰かをその中に探すような顔で、ジャックは言った。

「いいと思う。それで…それが、いい」



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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har