D.o.A. ep.58~
まるで恋する乙女だな。―――いや、そう称するには可愛げが全く足りないがね。
唐突に目の前に姿を見せた人物は、初対面にもかかわらず、親しげで、不躾だ。
夜の闇に猫のような金眼が鮮やかに主張する。
まばたきをして観察すれば、女と見紛うほどに、とにかく細長い男だ。
なにやら訳知り顔で笑っているので、あまり良い気分はせず、しかし髪の色が色だったから、警告だけして素通りしようと思った。
人のことを言えた容姿でもないが、その色はとかくこの国では不吉ということであるらしい。
薄情な自分にそんな気を起こさせる程には、迫害されていた。
おまけに道行く者の歩みを馴れ馴れしい口調で止めるとあらば、この国の民の不快感は計り知れまい。
頭は隠しておいた方が身のためだ。
そう、他意のない親切から言ってやるが、男は全く気にも留めない。
君の望みを知っているよ、それはもうすぐ叶う、と男は愉しげに紡ぐ。
ひと気はまばらだが、宗教勧誘か何かか。珍妙な文句で引っ掛けてやろうという魂胆か。
確かに望んでやまぬ願いはあるが、突然現れたこの男が何を知っているというのだ。付き合っていられない。
不機嫌そうに眉根を顰めるだけにして、そのまま通り過ぎようと足を進めた。
「――――アライヴに会える、と言ってるんだよ」
刹那、男の喉に鋭利な切っ先を突きつける。
あと少しで、先端が喉仏に届くのに、男はさほど驚きもしないし、にやつき顔も崩さない。
外見ほど柔な中身をしていないらしかった。
「聞きしに勝る手の早さだ、アサシン」
「人聞きの悪い。不審者を警戒するのは当然でしょう?」
「不審者?僕が? …君にそう呼ばれるとは心底心外」
聞き捨てならない言葉を、男は放った。
ただの頭のおかしな変質者かと早合点しそうになったが、その名を口にするなら只者ではない。
あの姿を見た者は、忘れ難きあの日、あの場所にいた、それ自身である少年を除く3人だけのはずだ。
「あれを…知っているのですか」
「あれは、太古より世界のどこかに常に存在するモノだ。会ったことがなくとも知っているのは、おかしなことじゃあるまい?
君のことも、会ったのは今日が初めてだが、知っている。―――トリキアス=ウンディーア」
「……ほう。なかなかの事情通とお見受けする」
自分の名を言い当てられるのは、驚嘆に値しなかった。
この界隈ならば、腕の良い殺し屋としてそこそこ名が通っていることを自負している。
しかし、その前の情報は、あの場にいただけでは知りえない。
霊長の管理者の手の者か、またはあのオッドアイの男と同類―――と、男の正体を憶測する。
否、このように煮ても焼いても食えなさそうな人間が、彼らの下で唯々諾々と従うとは考えにくい。
あの男の同胞ならば、ロノアに宣戦布告した勢力のうちの一人ということになる。
「…ロノアは、負けましたか」
己のことを推察されたと気付いたか、一瞬だけ目を瞠った男は、すぐにそれを細める。
「よくやった方だよ。平和ボケしてた割に、愛国心が強いようだ。それだけにこれからがさぞかし辛いだろうね」
戦前に出国した身では、どのような経緯であったのか想像の域を出ない。
言い草から察するに、嵐のように去ったのではなく、占領したということだろう。
アライヴに会えるというなら、どうにかしてあの少年が国外から脱しているということに他ならない。
そのあたり、特に訊ねようとは思わなかった。
この男のお告げどおり会えるというなら、その時に気が向けば本人から喋らせればいいだけのことなのだから。
喉もとに突きつけたままだった切っ先を下げる。
「貴方に何の利益があって、わざわざ私のもとへいらしたのか…理由がはかりかねますが」
「僕が何もしなくても、君とあれは、必ず出会う」
「ならば、何故?」
「一度君に会って、人となりを知りたかった。…ただの殺し屋風情か、それ以上かをね」
鮮やかな色の瞳が閉ざされると、その姿も不意に闇へ溶ける。
最後まで名乗ることすらなかった金眼の男は、それきり、どこにも見当たらなかった。
「…人となりを、ね」
果たして、彼にとって、自分はどちらであったのだろう。
いかな評価を下されようと別段困りはしないが、それ以上であればどうなのか、気にならないこともなかった。
あの男から何を期待されようと、ただの殺し屋風情の自分は、自分の信条に基づき、生きていくだけだけれど。
退屈に倦んだ胸が、久々に躍りだす。
海を越え、山を越え、こんなに遠い国へいきついたというのに。
彼の言葉が正しいのなら、その程度では、あれとの縁はまだまだ切れやしないらしい。
まぶたの裏に浮かぶ、忘れ難き横顔に、つい歪んだ笑みがこぼれた。
(…もしめぐり会えたなら、今度こそ、)
今度こそ、あの魔人を、少年の中から引きずり出し、存分に闘うがいいと―――運命が告げている。
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har