D.o.A. ep.58~
門兵二人の軽鎧を引っぺがして身に着けることで、屋敷への侵入にはスムースに成功した。
レリシャの分の装備はなかったので、外の火災を殊更大袈裟に吹聴することで追い出しながら進んでいった。
一度偶然共に歩いているところを見咎められたが、美人とわかると得心したように通されたので、彼女の存在をそこまで隠す必要はなかったかもしれない。
ナファディ卿の夜伽の女を連れてきたとでも勘違いされているのだろう。
そのように、彼らが屋敷を徘徊すること自体には、さほど問題は生じていなかった。
しかし外観通り、内部も嫌気が差すほど広々とした構造で、何処にナファディ卿がいるのかさっぱりわからない。
ナファディ卿の寝所はどこですかなどと訊いたら、それこそ不審がられるに決まっているので、たくさんの扉を虱潰しに確かめていくしかなかった。
煌々とシャンデリアが天井から光を注ぎ、隙間なく敷かれた上質な深紅の絨毯にライルたちの影をくっきり落としている。
贅を凝らした内装を目にするたび、どうにも気が散るな、とグラーティスはぼやいていた。ちょろまかしたくなるらしい。
ライルの育ての親であるソードの自宅もかなりの大邸宅だったが、品は良いものの控え目な内装だったように記憶している。
家を飾ることにあまり興味が無かったのか、妻のセレスの意向かは定かでないが、家の中で一番華やかなものは花だった。
万里を隔てているであろう遠い二人とのあたたかな思い出に浸りかかったが、ふと奥の方のある角から、灯りが消えていることに気付く。
廊下を進むと、最奥に、淡く発光する円形の紋様が刻まれた、他とは明らかに違う扉があった。
回そうとした取っ手は、石のように冷たくびくともしない。
扉を模した壁の装飾物だろうか。首を傾げて立ち往生していると、グラーティスとレリシャもやってきて、奇妙な扉を観察しはじめた。
「こりゃ魔術施錠(ルーン・ロック)だな」
「る、るーん・ろっく…?」
「鍵と扉に術をかけると、その鍵なしじゃどうしたって開かない扉になる厄介な代物」
「この中にいる可能性はあるかしら?」
「いやあ…こんな奥まった灯りもないトコ、普段あんま使ってねえだろ」
ここにはいないだろうし他を当たろう、と離れていくグラーティスに追いすがって引き止める。
「けど、いないとも限らないし、もしかしたら弱みの宝庫かも。なんとか入れないかな」
「方法が無いこたぁ無いが…」
「ん―――くっ!?」
背後からの押し殺したような悲鳴に、二人は驚いて駆け寄る。
レリシャが右手を押さえ、魔術施錠の扉の取っ手を戸惑いながら凝視していた。
「レリシャ!何があった?」
「取っ手に触れたら、急にバチッと、強い痺れが」
彼女は右手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめている。怪我や火傷などはしていないようだ。
グラーティスははっと息を飲み、もしやと取っ手に手をかけ―――重く回る、確かな手応えを得た。
飾りと早とちりするほどに固まっていたものが、ごく自然に動いたことで、三人は顔を見合わせる。
押していくとそれに従って、特に抵抗なく重厚な扉は開け放たれていった。
「開いた…?ハイズさん、何かしたのか?」
「うんにゃ、オレぁなんにも…」
異状を訴えたレリシャに視線が集まる。
恐らく、ただ触れてみただけで、魔術施錠を解除するつもりはなかっただろう。
扉に刻まれた陣は光を失っており、術式の破綻を雄弁に示している。―――彼女はたしかに、魔術を破壊したのだ。
魔術施錠の解除は、手順もあるが、そもそも魔力量がそれなりに豊富な、熟練の魔術士でなければ難しい。
その昔、王の財宝を守るため宮廷魔術士が編み出したという術式はそれだけに強固なもので、現代でこそ解除法は判明しているが、当時はいかに高名な術士でも破れなかったとされている。
ゆえに魔術にからきしのライルや、付呪(エンチャント)などという序列的に半端な業の他には治癒術を齧った程度のグラーティスでは、解除は望むべくもなかったのだ。
意図せずして、難解な魔術を打ち消してしまうことが、どれほど異常かは語るまでもない。
「おい、おめぇさん一体、」
「なぜ開いたかなんて、どうでもいいことだわ。開いたなら進むだけでしょう」
問いかけはぴしゃりと一蹴された。流石言い出しっぺだけあり、些末事には目もくれない。
ライルの方も眼前の現象の重大さなど知る由もないので、開いたなら儲け物だと片付け、さっそく扉の先を確認している。
「ハイズさん、下り階段があるみたいだ。―――俺が先に行かせてもらうな」
「あ、おう…、暗いから気ぃ付けろ」
ライルにレリシャもすぐ続いて、慎重に壁を擦るように降りていく。
幅は狭いが、かなり長い。目が慣れてきても、底は闇に閉ざされている。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
グラーティスは独り言ちて、段差へ一歩、足を着けた。
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har