D.o.A. ep.58~
Ep.68 潜入
「―――今、なんて言った」
優しく勇気づけてくれていたライルが、突然血相を変えたので、ニノは小さな肩をびくつかせて困惑する。
そんな恐慌を意に介すことなく、間にあるローテーブルに乗り上げる勢いで詰め寄り、さらに語気を強めた。
隣のレリシャが押しとどめようとするが、彼は卓上に手のひらを叩きつける。
「今、なんて言ったんだ…!!」
「おやめなさい。乱暴ですよ」
低い制止は、ビャクダンのものだ。
「もしあなたが先に訪れたなら、教えてやってくれと言付かっています。彼はあなたの探し人とこの街で最初に出会い、何日間か共に過ごしたのです。
名前、年恰好、特徴は一致していますし、治癒術士とくれば、ほぼ確定でしょう」
「そう、か……」
ライルは力が抜けたように、どさりと座面へ尻を落とす。
あの隠者に文句を言いたかった気持ちも、精神的な疲労も、なにもかもが彼方へと吹き飛んでいった。
ただ、報われたのだ、と、無性に笑い出したいのと泣き出したい衝動に駆られる。
こんなことなら最初から怖がらずに、裏通りを重点的に探せばよかった。
「喜ぶのは尚早です。彼女は連れて行かれ、そして現在、何処に囚われているのかはわからないのですから」
「ナファディ卿が一番よく知ってる。あいつに会えさえすれば、力尽くでも口を割らせる。あいつは今、どこですか」
「この時間帯ですからね、お休みになっている可能性が高いと思いますよ」
「どこで?」
「そりゃまあ、ご自宅でしょう。この街の東のはずれに。大きいのですぐわかるはずです」
もはやじっとしてなどいられない。立てこもり事件も、リノンの行方も、やはりナファディ卿がすべての鍵を握るのだ。
遠回りをしたような感がなきにしもあらずだったが、これでやるべきことは定まった。
ライルは立ち上がり、怯えたように身を竦ませるニノの傍に行くと、そっと屈んで目線を合わせ謝罪する。
「…怖がらせて、ごめんな。お前との約束は忘れない。きっとなんとかしてみせる。だからここで待つんだ、いいな」
「え、あ…っ」
「お世話になりました。じゃあ俺、行きます」
「…まあ、無茶はしないように」
戸の前で今にも出ていこうとしているライルを呼び止め、ビャクダンは忠告する。
「それは約束できない、けど…心配してくれて、ありがとう」
彼は振り返って、眉を下げてそっと微笑んだ。
そしてレリシャも、深く頭を垂れると、彼のあとに続いていく。
敢えてそれを見届けず、ビャクダンは瞑目して、ただ戸が閉まる音に耳を傾けていた。
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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har