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D.o.A. ep.58~

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「―――やっと……、見つけた……!」

リノンは滲んだ視界を瞬いて、声の主を視認する。
薄水色の短髪は少し伸びたが、鋭い切れ長の銀の双眸は変わらない。
「ティルバルト…?」
さほど親しい仲ではないとはいえ、久々に見知った顔に出会って、胸が詰まる。
すると彼は、その声でリノンに気付いたのか、驚いたように目を瞠った後、怪訝に眉を寄せた。
どうやらレンネルバルトしか見えていなかったらしい。

「…? なんであんた、そんな所に」
「っ、あんただって」
「それは、」

「―――なにをしに来たの。おまえ」

再会の空気は、一瞬にして凍りついた。
口調こそ穏やかだが、頸動脈によく研いだ刃物を当てられたような、足が竦む威圧。
邪魔だてするなら許さない、言外の意図がひしひしと肌を突き刺す。

「…兄さんこそ、何をしている。その女は、この街であいつが、ライルが懸命に探している。解放してやってくれ」
「ライ、が…!?」
「解放…ね。だったら、代わりをおまえが連れてきてくれるのかい?」
「代わり?あいつを連れてこいとでも」
「ちがうちがう。そんなの別に要らないよ。僕が言いたいのはね、彼女に比肩する人材を用意できるのか、という話さ」
「…意味が、分からない」

リノンもわからず彼らを交互に見遣る。
レンネルバルトにまみえた瞬間、彼女はライルの関係者として引っ立てられてきたのだと確信していた。
殺されるか、またはライルをクォードに服従させる取引材料として利用されるのだと。
けれどそれが目当てなら、あのラゾーに逃げ込んだ日にそうせずに、敢えて逃がしたのは妙だ。
そして、ライルがクォードに捕まることを、面白くない展開だとも言った。
善意とは異なることは明白。けれど確かなのは、この男の気質は自由奔放で、自分の本当にやりたくない事はやらないだろうということ。

「想定してたのは、彼女じゃなかったからね。こんな遠い地で相見えるとは、ちょっとビックリだよ。
ま、そんなことはいい。魔香に耐え得る肉体であれば事足りるから、おまえにそれが用意できるなら、よろこんで彼女を解放しようじゃないか」

そんなもの、ティルバルトに用意できるわけがないし、魔香がどういうものなのかさえ知らない。
レンネルバルトとて、そんなこと百も承知で、言葉遊びをしているにすぎないのだろう。
兄のことが、全くわからない。10年も離れて、わからなくなってしまった。
そもそも自分は、兄の何を知っていたのかさえ、わからなくなっていた。
手が無意識に、二の腕をつかんだ。

「兄さん、…何をする気でいる」
「それはおまえにこそ訊きたい。しつこく僕のあとを追っかけまわして、何がしたい。特に無害かと思って見逃していたけど、考えを改めるべきか?」
「俺は―――」

向けられているのは、もはや肉親の情など一握りも持ち合わせていないと言わんばかりの、冷え切った眼差しだった。
それでもかまわない。これはごく一方的な親愛。否、親愛ですらないかもしれない。
たとえ全身で拒絶されても、もはやそんなものは関係なかった。

「あなたのために、俺の全てを捧げる。そのためだけに生きながらえて、あなたをずっと探し求めてきた」

「…そんなもの、誰が捧げてくれと頼んだ。捧げてくれるなら、僕が欲しいものにしなよ。おまえなんて、僕には必要ない」

心底侮蔑し、むしろ憎しみさえこもった声色。ティルバルトが予想していた通りの反応で、思わず苦笑が漏れる。
そして、どんな感情であれ、それが自分に向けられていることに安堵した。
本当に無関心なら、勝手に捧げて勝手に死ね、そう返ってくるはずだから。我ながら歪んでいる。

「どう思おうと、決めたことだ。自分が自分をどうするかは、誰にも侵せない俺の自由だ。兄さん、あなたと同じように、俺も自分のやりたいことをする」
「……お前との会話は、この上なく時間の浪費だと悟ったよ」
「俺はあなたの問いに答えた。あなたも俺の問いに応じるべきだ。その女を連れて、何をしようというのか」
「それを知ってどうしようって?」
「答え次第だ」

うんざりしたようなため息をつくと、レンネルバルトはリノンの枷の鎖を強引に引き、無理矢理に立ち上がらせる。
彼女の委縮した体はやや脱力していたが、瞳だけは、怯えきって絶望していた先程と打って変わり、強い光を宿している。
構わず引き寄せ、そのまま何事かを呟くと、耳障りな高音と共に突如、彼の背後の空間が、縦に切れて、開いた。
クォードの遺産とやらの力か、切れ目の中身は暗闇だったが、恐らくここではない場所へ繋がっているのだろう。
バスタードがヴァリム洞窟の最奥から一瞬で姿を消したのも、レンネルバルトがこうして遠い地に現れているのも、これで納得がいった。
これが彼らの、遠距離移動手段であるのだと―――

「知りたければ来るかい、封印の地へ。ただし、命を惜しまぬ覚悟があるならね」
「そんなもの」

今更だ。
数え切れないほど、改めてきた。
闇に消えていく二人を追い、ティルバルトも躊躇いなく切れ目へ飛び込む。
やがて、再び高音と共に切れ目は閉ざされ、空間は傷跡ひとつなく元に戻る。

奇妙な兄弟と、緑髪の女が存在した痕跡は、この場のどこにもなく。
ただ、大量の金が入った袋を握り、直前の出来事に我を忘れたナファディだけが、その場にのこされていた。


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har