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D.o.A. ep.58~

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「……そうですか。そのような事になっておりましたか…」

とりあえず店内に上げられ、以前とは違う部屋へ通される。
痩躯の男は、やはりビャクダンと名乗り、異国風娼館「桃源郷」の主人と情報屋を兼業していると自己紹介した。
腕を尋ねてみたところ、御提示の金額次第です、と返ってきたので、恐らく金を積めば大抵の希望は叶えてくれると見た。
彼は情報を売っているわけで、そうなると今尋ねることもそれなりの対価が必要なのかもしれない。
無一文のライルとしてはそれは困るし、レリシャに支払いを任せるのも非常になさけない。
ツケはきくだろうか。そわそわしていると、黒い目を細めてビャクダンはお代ならいりませんよ、という。
「我々の町のトラブル解決に尽力して下さっている御仁から、そんなもの頂けませんよ」
娘を集めて春を売らせているような男だが、金の亡者ではないようで、ほっと胸をなでおろす。

「ところであなた…昨夜当店においで下さった方では?」
「…うぐ」
昨日の今日のこと、やはり記憶に留め置かれていたか。気恥ずかしさとトラウマが同時に去来する。
「うちのツバキがね、あんな屈辱は初めてだと。いたく自尊心が傷付けられた様子でしたので」
「え…、す、すいません!」
「嘘です」
「は?」
「今時あんな初心な子がいるのか、とケラケラ笑っておりましたね。あと、情事に夢を持っていたなら可哀想な事をしたと」
「そ、うすか」
情事に夢を持っている、などと言われると馬鹿にされている気がしなくもないが、怒ってはいないようだ。
愛想のかたまりのような笑みを張り付けたまま、ビャクダンは戸の外に首を傾け、
「あれには黙っておきますので、ご安心を」
あれとはレリシャを指しているのだろう。彼女は踊り子の衣装のままは流石に目立つと、入るなり着替えに行っていた。

「あの…変わった人、すよね」
「レリシャですか?」
「人質のためならナファディ卿に好きにされてもいいとか言うし。人の命かかってるのはわかるけど、普通そこまでしないです」
「まあこんな所にいたら操なんて大したものじゃあないと刷り込まれるのもしょうがないとは思うのですが」
「なんか、情が…深すぎる、というか」
「私もね、あれのことは正直に申しますとよくわからなくてね」

珍しく雨の降った日のことだった。傘もささずにフラフラと裏通りを歩いている、やけに目立つ女が目に入った。
仏心から傘でも貸してやろうと声をかけると、女は心底不思議そうに、それはなに?と訊いてきたのだ。
まさか傘を見たことがないのかと思ったら、傘どころか彼女はレリシャという自分の名前以外、ほとんど物を知らず、何故ここにいるのかもわからないと言う。
汚れてはいたが女は非常に見目が良かったため、ビャクダンはすぐに自分の商売に思い至った。
行くところがなければ、ここで働くなら置いてもいいと言葉巧みに誘った。
他の店より一際お高い桃源郷の女たちはみな教養があり、出来うるかぎり客が寛げるよう心遣いも巧みだ。
しかし、彼女は恐らく、その容姿だけで引く手数多になるだろうとビャクダンは値踏みした。
阿呆でも足りないところは教育させればいいと考えたのである。
彼女は承諾し、それからは砂が水を吸い込むように、教えている方が楽しくなるほどの呑み込みの早さを見せた。
その過程で、何か一つ特技があったらよかろうと、踊りを習わせようとすると、彼女は習う前に勝手に踊り始め、―――それには、たぐいまれな魅力があった。
これは結構な拾いモノをしたとほくそ笑んだビャクダンは、そろそろかと、彼女を売り物として店に出す事にした。
接客に問題はなかった。ところが指名され、事に及ぼうという段になって、問題が発覚したのだった。
あれだけ浮かれていた客が、無理だ、と苦々しく呟き、ほとんど何もせずに帰ってしまったのである。
相性というものもあるから、と思ったが、その後の彼女の客が揃って同じように帰っていくとなると、もはや諦めるしかなかった。
この女は、どういうワケか男と行為に及ぶことができない女である、と。
かといって追い出すのも今となっては心苦しく、仕方がないので知人のつてであの酒場の踊り子にさせたのだが、これがまあ、天職だった。
そういうわけで、彼女についてはこれ以上の事は知らない、とビャクダンは話を終える。

「私が喋ったこと、あれにはくれぐれもご内密に」
怒ると案外こわいので、そう付け足す。
しかし、記憶喪失の何もわかっていないような女を言い包め従業員にしてしまうとは、裏通りで店を構えるだけあり、見かけによらずあくどい男であった。
まあ、彼の企みは失敗に終わったのであるが。
わかりやすいようにとの配慮か(そんなものは心底余計だった)必要以上に露骨な表現の語り口にライルは、…はあ、と辛うじて小さく鳴いて、出された茶を啜り気を落ち着かせようと努めた。
「で、でもな、なん、そ、…はなっ」
全然落ち着けていなかった。
「なんでこんな話をって?あなた、あれを好いているのでしょう?」
「え、いやべっ、べつに、」
「こちらの男は、好いた女が処女かどうかにこだわると聞いておりますので。どうぞご安心を、彼女の純潔は、私の知る限り守られております」
「んな…な、俺は、そん、なんじゃ…っ」

赤くなればいいのか青くなればいいのかわからない上にどもりまくって、反論もまともにできない。
わたわたと意味なく手足を動かしていると、突然背後で戸が開かれ、ライルはビクついた。
幾分地味だが動きやすそうな格好になったレリシャが入ってきて、お待たせしました、と軽く頭を下げる。

「…?やっぱりまだ、顔色がおかしいわ。ライルさん、本当に具合は大丈夫なの?」
「う…ん、…問題ない」

顔もまともに見られない挙動不審な彼と、心配するレリシャを眺めつつ、向かい側のビャクダンは変わらず底が知れない笑みを湛えていた。


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har