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D.o.A. ep.58~

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「―――ま、待て!早まるな!」

華奢な肩をつかんで振り向かせる。
レリシャの動作は、確かに機敏だった。
しかし所詮はか細い女の足だった。先程は不意を突かれたものの、その気になればライルが追いつくことはそう難しいことではない。
彼女は金と赤の双眸でこちらをまっすぐ見つめて、放して、と告げる。

「おねがい。邪魔をしないで。わたしはあの人たちを助けたいの」
「自分が犠牲になってでも?」
「必要なら」

きっぱりと断言する。迷いも恐れもない。彼女の表情には、一生ナファディの言いなりになる覚悟さえ見て取れた。
好色で卑劣な男の前で、美しい女が、なんでもするから、と下手に出てきたとしたら。
そして交換条件として提示された内容が、自身の意にそぐわないものだとしたら。
考えるまでもない。彼女の願いは聞き届けられないばかりか、口で適当なことを宣われ好き放題にされるか、もっと悪ければ挙句に始末されるかもしれない。
ライルはそのようにして騙され悲惨な人生をたどりかけた者を知っている。
世の中には真面目に約束を守ってくれる者ばかりではない。圧倒的に優位に立つ者が相手なら、なおさらだ。

「ナファディ卿の言う事を信じるのか、って言ったな。だったら、あんただってそうだ。あいつを信じないなら、自分の身を差し出したって無駄と思わないのか?」
「わたしには、自分の身一つしかない。説得の条件としてこれ以外に捧げられる物がないもの」
「説得するとか捧げるとか…そういうのが間違ってるだろう!あいつが正しくないと思うなら、なんであいつ恃みの行動に出るんだ!」

思わず掴んでいた肩を揺すると、彼女は痛みから僅かに顔を顰めたが、ライルは力を緩めなかった。
自己犠牲を厭わないほどの恩を、ただの雇い主や同僚に感じている理由がわからない。
逃がしてもらえたなら、普通ならそれで安堵と、僅かな罪悪感を懐くのが関の山だ。あとは人質が救出されるのを見守ればいいのである。

「それなら…教えて、わたしは…どうすればいいの。あの人たちみんな、なにも、…なにも悪くないのに」

明瞭だった彼女の声が微かにかすれ、震えた。
伏せられた長い金の睫毛から、涙が一筋、頬を伝って滑り落ちていく。
それが目に入った瞬間、ほぼ衝動的に口を開く。

「頼ればいい」
「え…?」
「ひとりで思い詰めるのがよくない。助けてくれそうな人を頼ればいい」
「でも、そんな」

肩口から手を下ろし、右手をそっと差し出す。
怪訝にその手と彼の表情を交互に窺うレリシャに、叶う限りの誠実さを込めて言葉を紡いだ。

「―――もしも、誰も頼れないなら、俺が助ける。俺がレリシャの味方になる。あんたが今言ってる以外の方法を、一緒に考える」

差し伸べられた手のひらの意図を解した彼女は、信じられない物を見るように呆然と佇む。
ライルは押し黙り、涙に濡れた瞳の中の光を正視する。
あの月夜の晩、彼女は微笑んで、困った時には誰かに助けてもらえばいい、人間は助け合うものでしょう、と当たり前のように告げた。
この手のひらが拒まれたとしても、無理矢理にでも助けるつもりだった。
そんなことを思っていると、やがて、おずおずとその右手に彼女の指先が触れた。

「…その…よろしく、おねがいします。…どうか、わたしを助けて」

繋がる指先を引き、ひんやりとした柔らかな手をかたく握りなおす。
深く力強くうなずきを返せば、彼女は心の底から嬉しそうに、頬をゆるめた。

「あなたを信じるからには…言っておかなければならない事があるわ」
手を握ったまま、ふと彼女は声を潜める。
「ああ、何を?」
「今起きている事よ」
「酒場での立て籠もり?」
尋ねると、彼女は周囲に目を動かし、誰もこちらに注意を払っていないことを確認すると、とんでもないことを言いだした。

「あれは、犯人と人質が、仲間なの」
「…うん?」

「自作自演…なの」


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har