D.o.A. ep.58~
―――彼らは要求を聞き入れたところで感謝しないし、ましてや改心などしない。むしろ妥協してやり過ごせば、次は更に増えた悪党が与し易しと図に乗るだろう。
犯罪者の言葉に耳を貸すことは、つけ入る隙を与えることだ。それはあなた方の将来に、大きな禍根を残す。この地域の治安維持にかかわる者として、断じてそれを認めるわけにはいきません。
「だからって!話によればあいつらの要求は、逮捕された犯罪集団を解き放つことじゃないか!いくらナファディ卿がイヤな奴でも、それを突っぱねるのは正しい…」
そう反論しかけた直後の、レリシャのあまりの変わりように、彼は思わず口を噤む。
常に思いやりや優しさをたたえていた瞳から、温度がなくなったのだ。
冷たい、どこまでも冷たい、無表情。
ただ失望だけが宿る緋色と金色が、そこにあった。
「そう。―――あなたはそんなナファディ卿の言っていることを、信じるのね」
なんら間違ったことは言っていないはずなのに、致命的な失言を放ったような感覚におちいる。
レリシャは視線をはずし、もはや語ることは無いと、華奢な身をひるがえす。
ああして華麗に舞うだけあって、巧みに人々をすり抜け、雑踏の中へ姿を消していった。
「……っ」
届かなかった言葉と手のひらにライルはまたもいらだち、奥歯をかんで目をつま先へ落とす。
ふと後ろから肩をつかまれたので、振り返ると、般若のような形相が飛び込んできた。
「なんや今のは!?なにやっとんねん!!なにひとりで行かせとんじゃ!!!」
ヤクザものかくやとばかりの迫力で、ナジカ青年はライルの胸倉を掴んで罵倒を募らせる。
「君のオーノーなんて一銭にもならんモン、どーっでもええから、あの娘さっさと追っかけんかい!!」
「けど俺、あいつのやろうとしてることは認められな…」
凄まじい剣幕のに圧されつつもそう返す瞬間、額にびしりと何かがぶち当たり、じわじわと痛みだした。視界では彼の指が突きつけられている。
「――――あの娘が、他の男の好きにされても、キミは納得できるの」
「…それはできない」
考えるまでもなく即答する。
そして、いまさら気付いた。
先程酒場を睨めつけた彼女の顔は、焦りから何かに屈しようとする者のそれではなく、何かと戦うことを決意した人間のものだったと。
恩人に報いるため身を投げ出すことを、彼女が戦いだというならば―――それ以外の方法を考え、実現に導くのが自分のやるべきことではないのか。
方法など皆目見当もつかない。彼はこの国にもこの町にも疎く、的外れな言動をさらすだろう。
けれど失望の底に沈む微かな悲嘆を垣間見たら、体裁なぞどうでもよいと心底思った。
出会ったばかりの彼女に対し、なぜこのような観念にとらわれているのかはわからないが。
「んならボケッと突っ立ってんと、即行で走って追いつけ、ライルくん!」
ジャックが、僅かに揶揄するような悪戯っぽい笑いを浮かべて、ライルの背を強く押す。
「あんなカッコの女の子、ほっといたら何されるかわからんで」
いきおいたたらを踏みながらしっかり肯いて、人ごみの中を突っ切っていくその姿を、ネイラ海賊団の面々は見届けた。
「……………まったく、難儀やな」
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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har