D.o.A. ep.58~
人ごみの中、思いもよらぬ姿にまみえた。
柳眉を曇らせ、最後の記憶のままの、薄紅の踊り子衣装のいでたちで、彼女は不安げな眼差しを酒場へと注いでいる。
ライルの呟きは無論相手に届くことなく掻き消える。
店内で人質となっているに違いないと決め込んでいた彼は、もう一度、今度は大きな声で名をさけんだ。
彼女は目を瞠って、呼び声の主を探しきょろきょろとしていたが、すぐに駆け寄ってくる少年を認めた。
「…! ライルさん…」
「なんでここに…?てっきり中で捕まってるのかと」
「裏口から、マスターさんが…逃がしてくれたの」
「マスターが?」
「わたしはビャクダンからあずかっている、大事な娘だといって…」
どこかで聞き覚えのあるような響きが胸に引っかかったが、彼女が囚われの身でなかったのは僥倖だ。
「とにかく、無事でよかった」
「でも、わたしは……一人だけで助かって」
レリシャは白皙の面を目に見えて蒼白にし、声を震わせ項垂れる。
「…ま、まだだ。確か…刻限は夜明けまでって、言ってたから。あと数時間あるはずだ」
彼女を慰めようとすると、背後からぞろぞろと海賊団の面々がやってくる。
「あっれー?ライルくん、いつの間にそんなお近づきになったんや!?」
非難めいた声がけに、レリシャはびくりと顔を上げた。
声の主であるジャックとナジカ青年率いる集団とライルを交互に見ながら、「何者か?」と言いたげに途惑う。
無理もない。彼らのどこのものとも知れぬ独特の口調は、慣れないとなんとなく威圧的に鼓膜を打つ。
物怖じする方ではないと自負するライルとて、アントニオ船長には思わず新兵のように襟を正してしまったほどだ。
「ほわー、近くで見てもめっちゃかっわええ〜なぁ」
「うんうん。天女やんなあー」
「うへへ、しかもデカ…」
「ちょっとあんたら、性犯罪者みたいな顔つきで寄るな!じろじろ見るのやめろ!!」
「なんやなんや!キミばっか喋って!ズルイやろ!」
「ぶーぶー!抜け駆け厳禁!独占反対!」
鼻の下を伸ばして彼女を覗きこんでくる面々から、庇うようにライルが立ちはだかり、またもやブーイングが起こる。
その光景をレリシャはきょとんとした様子で見守っていたが、やがてクスリと笑った。
「あの、レリシャ、この人たちはただの…」
「ライルさんのお友達、ね?」
「そそ。ボクら、しがない海洋冒険クラブのメンバーでーす。よろしく!」
「いや、海洋冒険クラブって…」
ある意味間違ってはいないが、仮にも精強なる大海賊団を、趣味を同じくして集まってきた軽々しいものと称していいのかどうか。
訂正を差し挟もうとしたライルの言葉を、ナジカ青年が阻み、彼の肩へのしかかる。
「わはっはは!とにかくカレとは数々の苦難を共に乗り越えた、心の友なんですよお」
言いながら、目がすうと鋭くなり、「海賊なんてバラしたら…」と無言の圧力がライルを肯かせる。
「…まあ、それよか。なんや大変なことになったな」
不意にナジカ青年は神妙な顔になって、アルルーナの兵たちが慌しく駆け回っている酒場を顎で示す。
話題を戻され、再びレリシャの表情から微笑みが消える。しかし今度は、面を俯かせることはなかった。
色違いの双眸が、物々しい景観を、なにか固い意志を秘めたように射抜く。
「…――――までに」
そして、なにごとかを呟くと、彼らへ向き直る。
「…レリシャ?どうした?」
どこか尋常でない気配を感じとり困惑する周囲に、レリシャは強い響きで告げる。
「…わたし、ナファディ卿に、会いに行きます」
ネイラ海賊団の面々は、ナファディ卿と聞いてすぐに誰なのか思い当たらず怪訝に眉をひそめ、ライルだけがすぐに反駁した。
「あんなやつにか!?会ってどうする気だ?…そもそも、会いたいって訪ねていって、簡単に会えるやつじゃないんだろう」
「彼らの言うことを聞き容れてもらうように、説得するわ」
「説得って…もし仮に叶ったとして、代わりにどんな目に遭うか!そのくらい、わかるだろ!」
「あの人たちを助けたいの。こんなわたしに親切にしてくれた、マスターさんたちを。…そのためなら」
レリシャは思いつめたようにきゅっと唇を噛み、はげしい反対にあらがう。
決意を映すオッドアイに見つめられ、彼女の存外な頑なさに驚き、同時に自己の顧みなさにいらだってくる。
かつての出来事がよぎった。
第24班の一員として行動していたとき、人質をとった男が町の牢獄に繋がれた仲間の釈放を要求した事件に対処したことがあった。
三人組みの盗賊のうち逃げのびたひとりが起こした犯行だったが、人質というのが運の悪い事に、町の有力者だった。
要求を呑みかけた町人を、班長であったヘクト=レフィリー軍曹が静かに咎めた、その時の言葉。
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har