D.o.A. ep.58~
Ep.64 もうひとつの顔
立てこもり犯たちは従業員を人質にとって要求を述べると、客たちを店外へ追い出し、扉を閉じてしまった。
ライルおよびネイラ海賊団の面々も、臍を噛む思いではあったが、おとなしく従って店を出るほかない。
客たちは追い出されたからといって、では仕切り直して他の店に、という気になれるはずもなく、その大半が店の前から去ろうとしなかった。
ある者は不安げに、ある者はいらだち、怒りを隠しもせず、突如として事件現場となってしまった酒場を睨んでいる。
警邏の兵の対応は早く、店の周辺はすぐに封鎖され、客および野次馬たちは遠巻きにざわつく。
「あーもう!美味いメシと別嬪さんのダンスで最高の気分やったのにっ!なんやねんアイツら、ホンマにムカつくわ」
ナジカ青年は憤懣やる方ないといった様子で地団太を踏む。いつもより感情表現が露骨なのは、酒が入っているためだろうか。
目覚めたあの時からライルをさいなむ疼痛の原因も、飲酒によるものかもしれないと気付く。
禁酒を誓ったのに、うっかり飲んでしまうとは、不覚である。
意識が確かであれば、人質をとるより先に止められた可能性を考えて、彼は己の迂闊さを悔いる。
目先では、店の前で警邏の兵隊たちがあわただしく対応に追われている。
「ど、どうしますか隊長どの。やはり犯人たちの要求にしたがってナファディ卿に…」
「ばかもの!あの方がそんなものに耳を貸すか!とにかく人質の安否を確認しつつ、突入の機会を見計らうのだ」
(ナファディ、って…昨日の、成金っぽいやつ…?)
正直に言えば、懐いた印象としては、最低の部類に入る。
あれだけ横柄な態度で闊歩しているなら、どこぞで恨みを買っていても不思議ではない。
立てこもり犯たちは、同胞の解放を要求していたが、同胞とはいったいどういう意味なのだろうか。
彼らの仲間が、ナファディ卿の手の者たちに連れ去られたということか?
ふと、視界を、あの果敢に声を張り上げていたアルルーナ青年兵が横切っていく。
思わずその腕を掴んでいた。ぎょっと目を剥いて、彼は息をつまらせる。
「な、なにか用か」
「あの、ナファディ卿って、どんなや…いや、どんな人なんですか」
「ナファディ卿は…有力貴族の一人だよ。この一帯を陛下から任されている。わかりやすく言ったら…誰も逆らえない方って言えばいいか」
言葉を選ぶように目を泳がせ、青年兵は無難に返答する。
「評判は、あんまりよくない?」
「王族の方々にとっては忠実な臣下だよ。…ただ、よくない噂は確かにあるし、変な連中とつるんでるのもたまに見かける。
でも治安維持には熱心だし、少し過激なところに目を瞑れば、言われているほど悪い人じゃないよ」
「?」
根は善人だとでもいうような人物評に、ライルは首をかしげた。
この目で見た限り、少し衣服を汚された程度で、半殺しか国外退去の二択を迫る輩なのである。
挙句の果てに、有無を言わさぬ態度で、レリシャを手篭めにしようとした。
手放しで称えられる人格者ではないようだが、さりとて彼の表情や言葉の端々からは決して、軽蔑や憎しみは読み取れない。
ライルの中のナファディ卿と、悪人でないと断ずる青年兵の言がうまく重ならず、もしや別人を語っているのではと疑うほどだった。
「十日ほど前に、裏通りの方で大捕物をやったんだ。奴らが要求しているのは、彼らの釈放じゃないかと思う。
つまり奴らの要求を呑むことは、逮捕した犯罪者どもを再び野に放つことなんだ。絶対に許せるわけがない!」
正義感に燃え、封鎖の向こうの立てこもり現場を睨めつける。怒りに拳を握りしめながら。
「なにやっとるか新入り! こっち来てきりきりはたらけー!」
「うわっ!わかりました! …では、僕は仕事があるから、これにて失礼!」
いったいどういう大捕物だったのか尋ねる前に、上官に呼ばれた青年兵は封鎖の綱のむこうへと走り去る。
彼は一見すると生真面目で血の熱いタイプで、悪を看過できる小器用さはなさそうだ。
ナファディ卿の人物像が定まらず、記憶にある下卑たにやつき顔と、想像上のさわやかな笑顔が交互に脳裏に浮かんでは、ライルの頭痛を増させる。
「なあなあ、ライルくん。あそこに立っとるんって、もしかして」
おもむろに肩を揺すられる。ジャックがいささか興奮した様子で指し示す方向を目線でたどる。
「――――レリシャ」
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har