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D.o.A. ep.58~

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まず、入る前に立ち止まって、店先からそっと内部をうかがう。
「不審人物やと思われんで」
胡乱気に眉根を寄せて、ライルの横をすり抜けていくエルマンの感想は無視する。
ナファディ卿とやらの一派がいないことを確認しないと、おちおちゆっくりできない。
どこにも見当たらないことに安堵して、よし、と、彼はざわめきの中へと入っていった。
ふとナファディ卿らが自分たちの後で訪れる可能性が頭をよぎったが、その時はその時だ。

「うわ。まだ時間早いのに。もう席あんま空いてへん」

ナジカ青年の言葉のとおり、夕刻だというにもかかわらず店内の席はほぼ埋まっている。
海賊団員たちは散らばってまとまった空席を探しはじめるが、この分だと何人ずつかに分かれる必要があるかもしれない。
なんとか人数分のほどほど近い席を確保できたので、ライルはカウンターにいるマスターのもとへ、人を縫いながら駆け寄った。
マスターはシャンディガフを勧めた時と変わらぬ笑顔で、彼を迎える。
「おや。いらっしゃいませ、お客さん」
「あの、昨日、散々迷惑かけたのに、責任も取らないで帰ったりして、本当にすいませんでした」
「お客さん、育ちがいいですねえ」
「…は?はあ…どうも」
「お詫びでしたら、今夜は思う存分飲み食いして楽しんでってくださればいいんですよ」
今夜もあの娘の演舞がありますので、と揶揄するような調子でマスターはささやく。
やはりこの人の多さは、彼女の舞の評判を聞きつけてのものなのかもしれない。

「ついでに訊きたいんすけど、今日は緑色の髪の女の人、来てませんか」
「席立ってた間のことはわかりませんけど、知る限りでは見てませんねえ」
「…そう、ですか」
もう一度、頭を深々と下げて、ジャックが手を振るテーブルへと戻り、席に着いた。
メニュー表を渡されたので、なるべく安いところを眺めていると、遠慮は無し、と念を押される。
店員を呼んで注文を終えると、天井に吊り下がった変わった意匠のランプをなんとはなしに見仰ぐ。

「で、その後の進捗は?どうなん?」
「え?」
「あんたの探し人の話」
「確か、緑色の髪した女の子やったっけ?ボクらもな、町に下りてから、気をつけてはいたんやけど」
ジャックだけでなく、ナジカや他の面々までもが、心配してくれていたらしい。
彼らには気にかけてもらうばかりだ。嬉しいと思う反面、申し訳ないと思った。
まだなにも、と首を振り、長いため息を吐きだす。
「まあ、まだスタイン二日目や。今夜よーさん食って、明日もがんばりーや」
「この町にいる間、暇あったら手伝ったるさかいに。しょげんな!」
「…うん。ありがとう」
グラーティスは知る人ぞ知る情報屋だと自信ありげだったが、冷静になって考えると、どこまで頼りにできるものだろうか。
ジンジャー・エールで咽喉を冷やし、存外に小さくなかった期待も冷却する。
――――そうだ。彼女のことを一番知るのは自分なのだから、他の誰かを恃みにしてどうする。

しばらくすると大皿のサラダが運ばれてきたので、各々が競うように小皿にとりわけていく。
それからも次々とテーブル上に品数が増えていった。
料理の待ち時間は客の数を鑑みて相当短く、味にも不満が無い。
昨日は酒ばかり飲んでいたが、彼らがこの店を贔屓にする理由がわかった気がする。
料理をすべて平らげ、最後のデザートを待つばかりとなった頃だった。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました!今夜も傾国の美女、レリシャのダンスを心ゆくまでお楽しみあれー!」

あちこちから野太い歓声が上がる。
待ってましたと言わんばかりに立ち上がる者も少なからずいて、喧騒は激しさを増していった。
かなり大声で喋らないと、同じテーブルの人間同士が会話できないほどだ。
今夜、レリシャを初めて見ることになるネイラ海賊団員たちは、その盛り上がり様に唖然としている。
情けない経緯ではあるが、彼女の隣で語らったひとときを持つライルは、少しだけ誇らしい気持ちになった。
やがてステージの端から、薄紅の衣装をまとった、すらりとした姿があらわれる。

大歓声を浴び歩みを進めながら、彼女は不意にこちらを向く。なめらかな頬に金糸が流れる。
そして、かすかに微笑んだ。

もしかすると、この大衆の中に埋もれそうな自分を見つけてくれたのだろうか。
むず痒さをもてあまし、ライルは手と目を泳がせた後に、手近にあった硝子のコップを呷り、低くうなって卓上に突っ伏した。
幸い挙動不審な彼に気付く者はおらず、みなレリシャの一挙手一投足に目を奪われている。

ステージ中央にたたずむ彼女が、緩やかにその細腕を持ち上ていく。
その瞬間――――この場にいる誰もの頭の中に、透き通った鈴の音がこだました。







作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har