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D.o.A. ep.58~

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宿泊している「紅沙亭」へライルが戻ったのは、日をまたいで少し後の時間帯だった。
部屋に入ると、左手にある開け放たれた窓の向こうに、ベランダが続いていた。
グラーティスはそこで柵にもたれかかり、紫煙を燻らせている。
「よう。おかえりー」
その寛いだ姿を見て、忘れかけていた怒りが沸々とよみがえってきた。
憤懣やるかたないライルを煽り立てるかのように、彼は下卑た顔で尋ねてくる。

「…で?筆卸してもらった感想はどうよ?」
「ふざけんな!!!なにがフデオロシだ!!あんなトコに置き去りにしやがって!!」
「おいおい、今何時だと思ってんの。近所迷惑」

胸倉をつかんで怒鳴りちらすと、あんな目に遭わせておきながら、彼はしーっと人差し指を立ててまっとうなことをいっている。
「その様子じゃ未遂か。勿体ねーな、せっかく親切にお膳立てしてやったのによう。
あのなボウズ、童貞ってのは大事にとっといても、一銭の価値にもなりゃしねえんだぜ」
「よ、よ、余計なお世話だ!責任もとれないのに、そんなの軽々しくできるわけないだろ!?」
「せ…セキニン…?」
先ほどよりかは声をひそめて反論すると、彼は呆気にとられたように目を見開いていた。
やがて肩を震わせて笑い声をあげはじめた。さも、ライルがなにかおかしなことを言ったかのように。
「…なに笑ってんの」
「ぶっははは…、いやなに、商売女相手にセキニン云々いって逃げてくる野郎がいるたァ思わなくてよ。
ボウズおもしれぇな。気に入ったぜ、わははははは」
「こっちはなんも面白くない!そういうのは!…本気で、好きになった相手とすることだろ」
「ふーん。…さてはおめぇさん、惚れた女がいるな」
「そ、そんなんいない!いないッ!!」
―――即座に否定したのに、なぜか裏切るように頬が熱くなる。
にんまりいやらしい笑みになった目の前の男から、ライルはあわてて顔を背ける。

「……とにかく、次あんなことしたら、いくら財布握ってても許さないから」
「わるかったわるかった。機嫌直せよぅ、いいコト教えてやるからさ」
似たようなことを謳いつつ「桃源郷」に連れこまれたいきさつがあるわけで、ライルとしてはまたロクでもないことだろ、と思ってしまう。
心底疑わしげな視線を向けると、グラーティスは何食わぬ様子で煙草を吹かしている。
「…一応聞くけど。なに」
特有の苦いにおいに眉をしかめながら、ライルはおずおずと問うた。

「近頃、この町で緑色の髪した奴を何度か見かけてるそうだ」

ひゅうっと、息を呑む。
それは、求めてやまなかった情報だった。
酒場で幾度尋ねても、町ゆく人々を目を皿にして探しても成果がなかったのに、グラーティスはいつの間に調べたのだろう。
「……それ、確かなのか」
「この国じゃ緑髪は忌避か嫌悪の対象だ。スタインは往来が多いからマシな方だがな」
もっと田舎だったら、大騒ぎになった上に監禁されて死ぬより辛い目に遭っている、と彼はいう。
けれどこういう港町だと、現地人は騒がない代わりそれに関わりたがらないし、外来の連中にいたってはそもそも緑髪に注意を払う理由がない。
聞き込みは骨折り損だろうと予想していたらしい。
それならそうと、くたびれもうけの前にひとこと、忠告してくれればよかったのに。
酒場で聞き込みをした際、露骨に厭そうな顔をしたのは、現地人だったのかもしれない。
しかし、髪の色だけで人を蔑んだりする土地があるとは想像だにしなかった。
嫌悪するに足る、いかなる理由があるというのか。
かつてラゾー村に来たばかりのリノンを思い出す。
彼女は、悲しげな暗い目を、いつも長い髪の間からのぞかせていた。
もしあの頃と同じ目に戻っていたら、彼女をそうさせた者を、ライルはどうしてしまうかわからない。

「それで年の頃は?女か男か、背格好は、服装は?顔立ちは、髪の色以外の特徴…」
「候補は一人だけでねえんだとさ。お前が酒場で聞き込んでた情報まとめて、然るべき所に依頼しといたよ」

目をぱちくりさせる。候補が一人だけでない、その言葉の意味が一瞬わからなかったのだ。
少し考えて、緑の髪を持つのが、リノンだけではないことに思い至る。
自分の頭の中がどれだけ彼女で占められているのやら、我ながら苦笑してしまう。
緑の髪。――――それを持つ者は知る限りでも、もう一人いるというのに。

「…どこだよ、それ」
「知る人ぞ知る、どこより早くて正確な情報屋さんだ。明後日の夕方にはわかる」
それが早いのかどうか、基準がわからないのでなんともいえないが、彼が言うのならそうなのだろう。
だからといって、それまでの時を無為に過ごすつもりはない。
自分の足で手がかりを得ようとすることも、決して無駄と決まったわけではないのだ。
よく考えれば、この町へ着いてまだまる一日もたっていない。
その程度の労力でほしい情報を得られると考えること自体、甘かっただろう。
なにより、骨折り損といわれようと、彼はリノンを探さずにはおれないのである。
彼は襟を正して、おもむろにグラーティスへ頭を下げた。

「ハイズさんはリノンと会った事もないのに、こんなに世話してくれて、本当に恩に着る。
あいつは俺にとって、一番大事な人なんだ。…図々しいのは承知だけど、どうか力を貸してください」
「ははっ、なに急に畏まっちゃってんの。
オレもね、おめぇさんがたみてぇなの、世話焼かずにゃいられねえタチだから。好きでやってるのさ。…それに」

あらためて、なぜこの男は見ず知らずのライルたちに、ここまでよくしてくれるのだろうか、と不思議に思う。
度が過ぎてお節介になりがちな面もあるが、彼は本当に気のつく人間だった。
その親切を訝しく感じることもある。裏に隠れた真意が悪意でないか不安になる。
けれどもライルとしては、そうでなければいいと。
この男を信じてみたいと、そんな気持ちに傾きつつあった。

「おめぇさんの大事な女がどんな別嬪さんか、実に興味が尽きないのよ。なあ、おっぱいデカい?」
「……リノンに変なことしたら半殺しにしてやる」

――――やはり、いまひとつ信用できない、かもしれない。



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作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har