D.o.A. ep.58~
「あらァ、オニイサンたらステキなか・ら・だ…この筋肉、抱かれてみたァい」
「ナーッハッハッハ、キミみてえなカワイ子ちゃんなら、ボクいつでも大歓迎だよ〜」
「おにいさあん、こっちの相手もしてよゥ」
「ああん、ごめんねえコネコちゃん!寂しい思いさせちゃったお詫びに、好きなの頼んじゃってイイよお」
「きゃあうれしい、アヤメますますアナタに夢中になっちゃう」
「…………」
目の前で繰り広げられている光景に、ライルは、もはや言葉がなかった。
導かれるまま、複雑な裏通りへと足を向けていったところで、ん?と疑問符を懐いた。
そして、ある風変わりな建物に入ったと思ったら、あっという間に変わった格好の女に囲まれた。
店主らしい、こちらも女たちと同じ系統の服装をした、痩躯の男が進み出て、
「いらっしゃいまし。”桃源郷”へようこそ。二名様でございますね。どうぞ、東洋の異空間にてごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
オザシキという部屋に上げられ、いったいこの店がなんの店なのか、ようやく理解したのだった。
ここまで来ると、もう逃がしてはもらえない。
現在グラーティス同様、彼も女性に挟まれ可愛がられていたが、気分は針のむしろだった。
平たい皿状の白い器に注がれた、透明な酒をちびちびと舐めて、両隣の女の言葉にぎこちなく相槌を打つ。
「ボウズボウズ!かわいいオネーチャンに挟まれて、ナニ浮かねえツラしてんだ!もっと楽しそうにしろって!」
そんなことをいわれても。
正直なところ、即刻飛び出して宿にもどりたい。
女が出会ったばかりの男にくっついて甘えているのは、古風といわれようとはしたないと思うし、どう対応していいかもわからない。
今ちょっと話しにくいティルと二人きりで同じ部屋にいた方が、10倍はマシだ。
ちょびちょびと啜っていると、だんだん酔いがまわってくる。
甘くてあっさりとした飲み口の割に、この酒、度がきついようだった。
なんだかまぶたが重くなり、意識がとろりと融けていくようだ。
やがて、頭の中にぼんやりと白い霞がかかりはじめて、そうなるともう、目を開けていられない。
「ボーヤ、寝ちゃった。寝顔、かわいい」
「だらしのねえヤツだな、じゃあ…うん。そこのキミがいいな。こいつのことよろしく頼むぜ」
「ふふ、光栄だわ。まかせてちょうだい」
「―――んじゃ、オレもちょっとビャクダンと話つけてくるんで、席外すぜ」
―――暗闇におちゆく中で、そんな会話を耳にした。
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青くて甘い、嗅いだこともない匂いが鼻腔をくすぐる。
はっきりしなかった頭の中が、その香りで確かになっていった。
ライルは、オザシキと同じ床に寝かされていたが、記憶が途切れる前にいた部屋とは違い、灯りは少なく暗い。
アンドンというらしいそれは、外側に描かれた花の絵が、内側の蝋燭の光に照らされて綺麗だった。
するりと、布擦れの音がして、はじめてこの場に自分以外がいることをさとった。
何者か。一瞬にして意識が覚醒して、得物を確かめつつ身を起こす。
「あら、ボーヤ。やっとお目覚めかい?」
「…!だ、誰だ」
「あたし、ツバキっての。源氏名だけどね。で、さっそく始める?」
女は、グラーティスと共に入った部屋で喋りながら酌をしてくれていたうちの一人だった。
暗くてはっきりとはしないが、行灯の光に浮かび上がる容貌は、コケティッシュで気の強そうな印象を受ける。
―――始めるって、何を。
言い知れぬ悪い予感が、腰の辺りから這い登ってくる。
ツバキと名乗った女は色っぽく目を細め、床を擦るように歩み寄ってきて、それと同じだけライルは後退りした。
「こわがんなくて大丈夫だってー。あたしこの店じゃ一番って評判なんだからぁ」
なんの一番ですか。―――などとはもう怖くて訊けない。
ずりずりと後退していくと窓辺にぶつかってしまい、これ以上逃げられなくなっていた。
ライルは半泣きの様相になって、ちょ、とか、まっ、とか、喉の奥から意味をなさない声を発して震えあがった。
そんな困惑を一顧だにせず、するりと衣が落ち、目の前に裸身がさらされる。
「ハジメテなんて久しぶり。ねえボーヤ、キモチよかったら声あげていいし、あたしのカラダ好きにさわっていいんだよ」
淡い色の紅に彩られた唇がそうささやき、彼の胸にひたりと当てた細い手が腹をつたって、下半身へ――――
「―――ぎゃ、わ、ああああああああぁぁあっっっ!!!!」
悲痛なまでの絶叫をしぼりだして、虚を突かれた彼女を突き飛ばすと、がらりと後ろ手に窓を開ける。
ごめんなさいごめんなさいと連呼しつつ、窓際を蹴って身を躍らせた。
そのまま瓦の屋根へ転がり出て裏通りに飛び降り、とにかく「桃源郷」が見えない所までむちゃくちゃに走りまくった。
なんだあれは。なんだったんだあれは。
そもそもあんな場所に連れて行ったのは誰だ。―――グラーティスだ。帰ったら文句言ってやる。
帰ったら。宿に、帰ったら。 それで、どうやって…?
そうして、知らない場所を駆け回った自分が、今いったいどこにいるのかわからないことに気付き、頭を抱えてうずくまった。
異郷の知らない町。月の見えない、退廃に満ちた、まったく知らない世界。
残っている酒が、彼の羞恥心を希薄にし、大声で泣き喚きたい気分にさせた。
リノンは見つからないし、あんな恐ろしい所につれていかれるし、果ては知らない場所にひとりぼっち。
なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ、と。
「あの、どうかされましたか」
作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har