小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

D.o.A. ep.58~

INDEX|10ページ/50ページ|

次のページ前のページ
 



彼に連れられ訪れたのは、町で一番大きい酒場だった。
白塗りではあるが石造りではなく木造で、中に入ると木目にあたたかみがあってなかなか感じのいい店だ。
正面に大きめのステージがあって、準備中のようだった。
まだまだ夜になったばかりだが、大勢の客で賑わい、酒や料理を手に給仕が忙しなく働いている。

「…なんか、すごいな」
「記念すべき酒場デビューかい?」

突っ立っていると、グラーティスが苦笑しつつライルを奥へうながす。
ウェリアンス夫妻の教育方針により、ほぼ清く正しく生きてきたので、酒場などには縁がなかった。
酒のにおいだけで酔いそうで、ライルは両頬をぱちんとたたいて気合を入れ直す。
まずは聞き込みだ。
したたかに酔っ払っている連中は避け、できるだけ素面の客をさがして声をかけた。
彼女の容姿の説明に四苦八苦しつつ、しかし返ってくる答えはどれも芳しくない。
人によってはあからさまに厭そうな顔をされ、こちらが途惑ってしまう。
だめか、と途方に暮れかけ、グラーティスを目で追うと、彼はカウンター席で楽しげにやっていた。
こっちが苦労している間に、と腹は立つが、彼はリノンを知らないので仕方がない。
じっと睨んでいると、おいでおいで、と手招きされた。

「ココ来てコレやらねえのは、マナー違反ってモンだぜ。ホレ、なんか頼め」
「いや、飲んだことないから…どれがいいのか、わかんないんだけど」
「シャンディガフなんかどうです?」
「お、いいね。じゃ、それ頼むわ」
目の前で勝手に話が進み、カウンターの上に出てきたのは綺麗な黄色の飲み物だった。
酒を嗜んだことはなかったが、酒に呑まれて醜態をさらした先輩なら知っている。
自分があれになるかもしれないという怯えが、ライルを及び腰にさせる。
しかしながらせっかく奢ってもらって無碍にするのも悪い。グラスをつかんで口をつけた。
「……」
劇的に旨いわけではなかったが、普通に美味しかった。ので、すぐにカラにしてしまえた。
「イケる口じゃねえのボウズ。おかわりいるかい?」
肯くと、彼は嬉しそうに笑みを深め、店主に注文する。
店主が再びなみなみと注いでくれた。それをカラにすると、今度はちがうものを勧められる。
酒に対する苦手意識が薄まり、気が大きくなってきて、それください、と自ら頼みだした。
「悪くねえモンだろう」
「うん。悪くないな」
ビール。ウィスキー。ワイン。サケ。地酒。勧められるままに杯を重ねる。
そしてどんどん度数が高くなっていったのだった。

「―――今宵を彩るのは、舞姫レリシャちゃん!美しき彼女の舞いを、心ゆくまでご堪能ください!」

ステージの準備が終わったらしい。催しの紹介がされている。
「こういう舞台のオネーチャンの謳い文句は、大体誇張だよなぁ」
「いいえお客さん、今夜のは、とびきりの上玉ですよ」
「ホンモノの美人が、こんなバーで働くかよぉ。せいぜい中の上くらいが関の山じゃねえの?」
まだ現れてもいない舞い手を適当に想像して、グラーティスは口のまわりのビールの泡を舐めている。
他の客も、まあ始めたら見てやるか、といった感じで、ステージに大して注意を払っていない。
だが、彼女が舞台に立つと、その空気は一変した。

「……こりゃ、ホンモノだったわ」

金糸がさらりと揺れる。
踊り子の衣装に包まれたほっそりとした肢体は、しかし豊かで、かつ優美だ。
小さな輪郭におさまるパーツは、最高のものが最適な位置に並ぶ。
極上の美人とは、えてして人形めいて、冷たいものを感じさせがちだ。
だというのに、彼女の面差しは陽だまりのようにあたたかで、ひたすらに優しげだった。
遠くから眺めるより傍へいって接してみたい、そんな気にさせる。
ステージに立っただけなのに、彼女は老若男女問わず、一瞬でこの場を魅了していた。

ご多分にもれず、ライルもその一人だった。
けれど彼は、美人だとか、綺麗だという理由で見惚れているのではなかった。
ただ、まばたきが惜しいほどに、目が離せない。
鼓動が速まり、胸のあたりがやけに熱くなり、その熱は顔へと伝播した。
―――こんな感覚を、知らない。

彼女は舞いはじめる。
音楽はない。
そんなものがあったとしても、彼女を前にすれば、雑音同然でしかなかっただろう。
清らかな鈴の音が聞こえてくるような、不思議で繊細な踊り。
囃し立てたり、口笛を吹いたりする者はいなかった。
ひどく冒しがたく、まるで神に捧げるかのような神聖さに、酒場はしんと静まり返っている。

そして、彼女が舞い終われば、万雷の拍手で埋め尽くされるはずだった。
―――しかし、その静謐は、ガラスが砕ける音で、唐突に破られた。


作品名:D.o.A. ep.58~ 作家名:har