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無窮花(ムグンファ)~二度目の恋~【続・相思花】

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 ソナは頼まれもしない酒を持って男に近づいた。
「あら、今日は何度も逢いますね。こんなところでも逢うなんて奇遇だわ」
 わざと皮肉たっぷりに言ってやる。男はソナには頓着せず、手酌で飲み続けている。相当に強いのか、既に数本の銚子を空にしているにも拘わらず、顔は少しも紅くなっていない。
 男が無視を決め込んでいるのが癪で、ソナは仁王立ちになって言ってやった。
「それとも、私に逢いにきたの?」
 男が漸く面を上げ、ソナを見つめた。その瞬間、ソナの全身にまた雷が走ったかのような軽い衝撃が走った。
 何故、この男の瞳に射貫かれると、こんな風になってしまうのか。しかし、男の視線はすぐに関心を失ったかのように離れる。流石にソナもそれ以上、その場にはおれず踵を返しかけたときのことだ。 
 漸く男が口を開いた。
「もしかして、お前は自惚れが強い女だと他人から言われたことはないか?」
 やっと口を開いたかと思えば、この科白だ。ソナはキッとなって男を睨みつけた。
「何よ、私はただこの間のお礼を言いたかっただけなのに。あなたこそ、自惚れないで。世の中の女はすべて自分に気があると信じ込んでいるのね、きっと」
 男が鼻の先で笑った。
「確かに俺は自尊心は強いかもしれないが、お前ほどじゃないさ。それに、礼なら、助けたときに言って貰ったじゃないか。あれで十分さ」
「でも、お店の器を壊した弁償金やら、スンサンの酒代まで出してくれたでしょ」
 男が笑いながら首を振った。
「たいしたことじゃない。あのときも言ったはずだ。俺は自分の思うように行動したまでなんだから、お前が気にする必要はないんだ」
 ややあって、男が含み笑う。
「何だ、まだ礼が言い足りなくて俺の後を町ではつけ回してたのか?」
 ソナは思いきり頬を膨らませた。
「もしかして、あなたは性格が悪い男だと他人から言われたことはない?」
 先刻の男の科白をそっくりそのまま真似てやり返したつもりだった。なのに、男はさも面白い芝居でも見たかのように声を上げて笑った。
「な、何よ。私は、そんなに面白いことを言った?」
 男はまだ癪に障る笑い声を上げながら、首を振る。
「確かに面白い女ではあるな。だが、お前はそんな風にいつも笑っていた方が良い。初めて見かけたときのお前は随分と淋しげな表情をしていたからな」
 ソナは眼を瞠った。
「私が淋しそうだった―?」
 男が頷いた。
「俺の勘違いなら、許してくれ。何か昔のものに、ここにはないものに必死で寄り添おう、縋り付こうとしているような、そんな必死な眼をしていた」
 ソナがうつむいた。ハンの優しい笑顔が記憶に甦り、この男の黒い瞳と重なった。その時、ソナには自分の心の声が聞こえるような気がした。
―あなたは何故、そんなにもあの男に似ているの? 
 あなたの瞳の方こそがよほど淋しそうだと言いそうになり、ソナは慌てて言葉を飲み込んだ。
「そうかもしれないわね」
 今度は男が眼を見開く番だった。
「妙に素直なんだな」
 短い沈黙が流れ、男が低い声で問う。
「―原因は男、か?」
 ソナが愕いて彼を見つめると、男は精悍な顔に照れ笑いを浮かべた。
「いや、済まない。普段から他人の私生活に興味を持つようなことはないんだが、不思議だな、この酒場に来て初めてお前を見かけたときから、何か気になってならないみたいだ」
 ソナは小卓を挟んで男と向かい合った。酒器を手に持ち指し示して見せる。
「どうぞ」
 男が片眉を少し上げた。
「妓生じゃないから、酌はしないんだろ?」
「この間のお礼だと思って」
 男が笑った。こんな風に明るく笑うと、歳相応らしい若々しさがよく出る。
「それでは、ありがたく頂こう。美人の酌で飲む酒はやはり美味いからな」
 と、周囲でひそひそと囁き交わす声が聞こえてくる。
「ソナが酌をしてるぞ、初めて見た。今まで、どんな金持ちが金を積んでも靡いた試しがなかったんだぞ」
「そりゃ、あれほどの良い男だからさ」
「くっそう、どうせなら俺も美男に産まれたかったぜ」
「阿呆か、お前にはあの不細工なかみさんが似合いだよっ」
 見れば、隣の席に座った男たちがこちらを興味津々で眺めている。ソナは男たちと眼が合いそうになり、慌てて視線を戻した。
「おい、俺たちは見せ物じゃないぞ」
 男が隣に声をかけると、客たちはそそくさと別方向を向き知らん顔をした。
「あなたの名は?」
 それで、ソナもやっと話に集中することができる。
「朴晟洙(パク・ソンス)」
 実に簡潔な応えは、この男らしいものだ。ソナは微笑み頷いた。次いで男が訊ねてよこす。
「お前は―、確かソナと皆が呼んでるな」
「シン・ソナよ」
 ソナも簡単に名乗った後、男に再び酌をしながら囁いた。
「町で偽金が出回っているって話を知ってる?」
 ソンスの意思の強そうな濃い眉が心もち動いた。
「何でソナがその話を知っている? 噂はまだごく一部の商人しか知らないはずだが」
 ソナはますます声を低めた。
「私が刺繍を納めている絹店の若さまから直接聞いた話だから、間違いはないと思う。何でも、そこだけじゃなくて一年ほど前から町では時々、偽金が発見されていたらしいって」
 ソンスも小声で応じた。
「ソナの知り人の絹店はどれくらい前からなんだ?」
「み月ほど前」
「なるほど」
 ソンスは頷き、考え込んだ。ソナは絹店の息子トクチョルから聞いた話をかいつまんでソンスに話した。
 絹店が先日もまた偽金を見つけたこと、最近、貧乏だった崔氏の当主夫人が別人のように金払いが良くなり、次々に高価な絹を買い上げていくこと。更にその地方両班が頻繁に木槿村の銀細工の工房に出入りしていること。
 最後に使道と崔氏の当主崔・オンソクが結託しているらしいことまでを話すと、ソンスは深く頷いた。
「二人が繋がってるというソナの話は町の鶏肉屋の話とほぼ一致しているな」
 ソナは勢い込んだ。
「肉屋のおじさんの話では、若い娘が次々と攫われて殺されているそうね? そして、それが使道と崔オンソクの仕業ではないかということだったわ」
「ソナはその話を聞いたことは?」
 ソナは少し考え、首を振ったが、すぐに?あ?と声を上げた。
「木槿村は町からは少し離れてるでしょう。歩いても四半刻はかかるから。ただ、そういえば、若い女の血に飢えた鬼が娘を夜毎攫って骨まで喰らい尽くして翌朝には棄てる、そんな怖ろしい怪談めいた話を聞いたことはある」
 ソンスが腕組みをした。
「恐らく使道を怖れた町の連中が使道の悪行を怪談にすり替えて噂にしてるんだな」
 ソナも賛意を示すかのように頷いた。
「私もそう思うわ。仮にも国から俸禄を頂く官吏でありながら、許せない所業ね。何とかならないのかしら」
 同じ女としても到底認めがたい卑劣な行為である。自らの欲を満たすためだけに罪もない女を攫ってきて嬲りものにした挙げ句、殺して棄てるなんて、人間のすることではない。
 だが、それをしているのが国から政を任された地方役人なのだから、尚更始末が悪い。無力な民衆は刃向かうすべを持たないのだ。
 その時、隣の席から二人の男がやって来て話に加わった。