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無窮花(ムグンファ)~二度目の恋~【続・相思花】

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 自分はこんなしがない地方両班とは違う。使道は内心、憤りを禁じ得ない。こんな小者と一緒にされては堪らないというものだ。そのためにここに来てからという二年間、銀細工工房を支配下に置き、偽金作りに精を出したのだ。
 この使えない男にいずれは中央の官職を世話してやると甘い言葉で誘い、手駒として良いように操って働かせた。一挙に放出しては露見する怖れがあるため、偽金は慎重に少しずつ流出している。この偽金で地方の珍しい産物を大量に買い占め、都に送る。既に何度かに分けて買い占めた産物財宝は少しずつ都に送ってある。
 信頼できる知人(むろん、同じ穴の狢の官僚である)の邸宅の蔵に一時保管して貰っているのだ。いずれはその財宝をばらまき、使道は都に凱旋する。さすれば、彼は以前の官職に返り咲くどころか、それ以上の地位に就くことになるだろう。
 元々、こんな辺鄙な地方代官に左遷されてしまったのも、小さな過ちが明るみに出たからだった。昵懇にしていた官僚の奥方と道ならぬ関係であったことがバレ、その人妻は離縁されて実家に戻り、彼の方は左遷された。儒教国のこの国は男女の風紀には厳しい。左遷程度で済んだのは、そのときも彼がひとえに高官に裏金を使って何とか穏便な処置をと頼み込んだからだ。
 そこで、使道はまた自慢の髭を撫でた。毎朝、鏡を覗き込んで手入れを怠らない髭である。幽霊騒動のある裏山に偽金を隠すというのは確かに名案かもしれない。この使えない男にしては上出来ではないか。
「裏山に隠すというのは上策やもしれぬな」
 頷いてやると、餌を与えられた犬よろしく尻尾を振る。オンソクは嬉しげに頷いた。
「それでは、早急にそのように致しましょう。あと、死んだ娘たちの供養の方はいかがしましょうか?」
 途端に使道は渋い顔になった。まだ、そのような愚かなことを言っているのか、こいつは。
「あの女たちは皆、儂が一晩中可愛がり、この世の法楽を何度も見せて極楽へ送ってやったのだ。今頃は文字通り、本物の極楽にいっている。供養の必要などない」
 唾棄するように言うと、それだけでオンソクは震え上がった。また、額の汗を拭いている。ああ、暑苦しい男だ、まだ五月の下旬だというのに、こうまで汗をかくとは信じがたい。
 そこで、使道は溜息をついた。ここ数日、女を抱いていないせいか、苛々とすることが多い。大体、自分はまだ四十の男盛りではないか。鏡を見ても苦み走った男ぶりはいまだ衰えてはいないし、湯浴みをしても、引き締まった体?も若者に引けを取らない(と、本人は自負している)。
 若い娘を一夜中、喘がせすすり泣かせることもできるのだ。ああ、久々に女を抱きたいと彼の男の部分が疼いていた。
 田舎暮らしも悪くはないと思ったことの一つに、若くて綺麗な娘たちを好き放題に摘み食いできたことである。彼には権門から迎えた妻、妻との間に息子が二人、娘が一人いる。今回、赴任地に付いてきたのは、二十歳になってもいまだ嫁がない婚期を逃したと噂されている一番上の娘だけだ。
 彼は妻には頭が上がらず、都でも同僚の妻と関係したりして危ない火遊びには事欠かなかったが、その度に、妻は泣きわめき実家に帰った。彼はいつも妻の父、義父に頭を下げ、妻を迎えにいく羽目になる。
 都では妻の眼が光っているため、羽目を外したとしても知れている。変わり者の娘は妻とそっくりの容貌をし、細くつり上がった眼に尖った顎は狐面のようである。自分が世の男だとしても、我が娘ながら妻には迎えたくないだろうと、父親としてあるまじき考えになってしまう。
 その娘は妻の代理として父親が赴任先で羽目を外しすぎないようにと監視役として付いてきたという経緯があった。が、父の女好きを知り尽くしている娘は来る早々、別邸に移り住み、ここを訪れるのは妻への報告を兼ねた書状を書くときくらいのものである。
 もちろん、娘は母親の嫉妬深さは重々知っいるゆえ、真相を書くはずもない。別邸に住んでいる娘の方も自分よりも若い女を父親が夜毎、陵辱する様を見たくも聞きたくもないのは当然だ。
 使道は鬱々とした想いをそのまま眼前のオンソクにぶつけた。
「それで、次の女はまだなのか?」
 オンソクがその声に、ビクッと小柄な身体を震わせた。
「は、はい、いいえ」
 と、何とも珍妙な返事をし、オンソクはまた額の汗を拭いた。
「それが、実は良からぬ噂が町中にもうすっかり広まっておりまして、若くて綺麗な娘は夜どころか昼間でさえ、一人で外出はしないようになっているのです。攫ってくるのもなかなか難しくなりました」
「つくづく使えんヤツだな、お前は。町が駄目なら、近くの村から攫ってこい」
 使道がオンソクを見て舌打ちを聞かせ、つと横を見た。
「誰だ?」
 誰何の声に、扉の向こうからか細い声が返ってくる。
「夕餉の御膳をお持ち致しました」
 若い女の声に、使道とオンソクは顔を見合わせた。使道は若い頃、科挙の武官の試験に合格している。本人が自負するだけあり、確かに四十歳を過ぎているにしては無駄な肉もついてはいないし、武術もそこそこはできるし、身のこなしにも隙がない。
 だからこそ、今も室の向こうの縁廊に人の気配を咄嗟に感知できたのだ。
「入るが良い」
 許しを得て、扉が開き、若い女が入ってきた。女というよりはまだ娘、少女といっても差し支えがない年頃だ。陶磁器のようになめらかな膚に黒い瞳が玉石のように煌めいている。髪を結い上げているところを見ると成人はしているようだが、一見、あどけなくさえ見える可憐な風貌ながら、その黒曜石の瞳にはどんな男をも誘うような成熟した女の色香があった。 
 使道は忙しなく視線を女の全身に走らせる。使用人らしく粗末なチマチョゴリに身を包んでいるが、その小柄な身体が女として成熟していることは女好きの彼には一目瞭然だった。
 こんな田舎町ではついぞ見かけない良い女である。獲物を前にした肉食獣よろしく舌なめずりしている使道の前で、女はそんな淫らな眼に身体をなめ回されていることなど気付いてもいないようである。
 だが、それにしても、この娘、どこかで見かけたような気がするが、気のせいであろうか。使道はまた無意識に髭を撫でた。
 娘は酒肴の載った小卓を恭しく掲げ、使道とオンソクの前に置いた。
「見かけない顔だが、新入りか?」
 使道に突如として問われ、娘の可憐な面に軽い愕きが走ったように見えたが、それはすぐに消えた。今の表情は見間違いだろうか?
 使道は眼をこすった。娘はうつむいたまま使道の方を見ようともしない。だが、下級の使用人であれば、まともに主の顔を見ないのは普通だ。よく躾けられた使用人なら、不自然ではない。
 娘は慇懃に応えた。
「はい、使道さま。お屋敷で働く若い下女が今日は婚礼だというので、私が急遽、代わりに参りました。しばらくこちらでお世話になります」
 使道は知らず呟いていた。
「どこかで逢ったことはないか?」
 それに対して、娘は顔を伏せたまま消え入るような声で応えた。
「滅相もございません。私のような奴婢がどうして使道さまとお逢いしたことがありましょうか? きっと何かの勘違いをなさっておられるのです」
「それもそうだな」