Lost Universe 01
彼女の言葉を受け、自然と青戸の表情が険しくなったことに気づいた真夏は、困ったように首を傾げて見せた。
「え、ああ、えっと、インターネットで調べたら……表向きでは報道されませんけど、なかには好きで調べたりする人もいるんですよ」
そう真夏は笑い、最後に私もですと言葉を付け加える。
この様子からして、恐らく彼女も東部からの移住者とは言えずにいるのだろうと薄々察する。
それでも、今彼女が着ているのはスカーレッツのユニフォーム……長いものに巻かれているのかと、青戸は彼女へと素朴な疑問を口にした。
「……今はスカーレッツのサポーターになったのか」
「あ、うん。ここに引っ越してきたから地元のチームを応援しようかなって……ここなら家からも学校からも近いし」
青戸の問いかけに真夏が思い出したかのように右足を軸にしてくるっと身体を一回転させると真紅のユニフォームが風を受けて靡く。
ずっと青いユニフォームを着ていた青戸にとって赤色は見慣れないのか表情を引きつらせる一方で、密かに背番号やネームの入っていない素の状態も目に付いた。
「どうだ、スカーレッツは強いか?」
「えーっと……攻撃力はあるけど守備がザルっていうか、当たり負けするっていうか……高さが無いから競り負けてるっていうか、何か、皆の動きが固くてバラバラで息が合ってないというか」
何気ない青戸の質問に真夏は動きを止めると、おもむろに顔を上げてモニターに映る試合の様子を見やる。
もうすぐ前半が終わろうとしているが未だに両チームに得点に絡むような動きは無い……ただ、白と黄緑色のストライプユニフォームを身に付けたウイナーズが度々攻撃を仕掛けるも歯車が合わずに得点できないように見える……逆に歯車が合いさえすれば簡単に点を取れそうだ。
青戸は試合が始まったときからずっとここで戦況を見つめていたが、確かに彼女の言うとおり守備面に相当の不安がある。まるで、その姿は――
(……俺が入ったときのスナイパーズみたいだな。何にしても守備がザルすぎて使い物にならないが……)
まだ高校生だった青戸が加入した東部のプロサッカーチームを思い出し、どこか懐かしい思いに駆られてしまう。
あのチームは最終的には良いメンバーと良いスタッフ、そして良いサポーターに恵まれて常勝チームになることが出来た。
しかし、今の青戸にはそんなチームを抜けて未開の地に来てまでもやり遂げたいことがあったから……
「あ、でも良い動きをする人もいるんですよ、例えば九番の旭とか」
険しい表情を浮かべる青戸の様子に気づいたのか気づいていないのか、はっと思い出した様子で真夏は振り返って青戸を見上げる。
やはりプロ選手は長身で、細身で、無駄な脂肪がついていない理想的な身体をしていると真夏は感動すら覚えてしまう。
ただでさえプロ選手と会話できる機会なんて滅多に無いことなのに、よりにもよって目の前に立っているのは憧れの選手だった青戸である。
彼はじっと頭上のモニターをぼうっと見上げ、その虚ろな瞳は一体何を考えているのか――そもそも選手を引退した彼が何故ここにいるのか。
そんなことを考えていた真夏を他所に、突然青戸は視線を落として彼女を見下ろして来たので予期せず目が合ってぎくりとしてしまう。
ずっとスタジアムの客席から、距離が近いといってもテレビ画面や雑誌でしか見たことの無かった青戸が目の前にいる。
「おい、あんた」
「な、何でしょうか!」
その彼が自分と目を合わせて話しかけて来た――頬を染めた真夏はぎくりと肩を震わせながらも、上ずった声を出した。
そんな彼女へ青戸がすっと片手を差し出したのはその直後……きょとんと目を丸くする真夏を見下ろし、青戸は差し出した手のひらでくいと自分自身を示すように指先を曲げる。
「スカーレッツのことを教えてくれた礼に、サインの一枚くらい書くけど」
そういえば彼女は自分のファンだと言っていた。嘘か本当かを聞くつもりはないが、少なくとも自分のことを知っているのは確かだ。
「い、いいんですか!?」
「別に、それでいいなら。もうスナイパーズの青戸じゃないけどな」
それでも――彼女が張り裂けんばかりの笑顔を浮かべてくれたので、本当なのかもしれないと青戸も思ってしまう。
そういえば、昔の自分も好きな選手を目で追いかけていた時期があったような気がすると、ほんの少しだけ懐かしい気分になる。
真夏はその場に屈むと、足元に置いてあった自分のスポーツバッグのチャックを開けてガサガサと何かを探しているように見える。
「えーと、えーと」
真夏はそう呻きながらも片手をバッグの奥へと突っ込み、学校で使った教科書やノートを掻き分けて極太の油性ペンを取り出している。
そして何にサインを書いてもらおうかと首を捻っていた真夏の背中へ、青戸はさっきから抱いていた疑問をぶつけていた。
「……あのさ、何でユニフォームに背番号付けないんだ?」
「あ、えっと、スカーレッツの選手は皆均等に好きなんです。でも、もしも青戸選手がスカーレッツに来てくれたら、真っ先に付けちゃうのに」
「……」
青戸の問いかけに真夏は振り返ると、えへへと恥ずかしそうな笑みを零しながらもそう説明してくれる。
確かに本人を前にしてそんなことを言うのには多少の躊躇いは必要かもしれない、それでもそう言えるのは子供故かと青戸は小さく息を吐く。
彼女が自分のことを知っていたから、自分と同じ東部出身だったかあ、何よりも、目の前にいるのが純真無垢な子供だからこそ――つい青戸は口走ってしまった。
「三番」
「え?」
「俺の背番号」
「――」
突然番号を口走った青戸に気づいた真夏は、手を止めてきょとんとした様子で背後に立つ彼を見上げ返す。
今、彼は三番と言った……確かスナイパーズ時代は加入直後は二十番、そして代表戦に選ばれ始めたころからはずっと二番を付けていたはずだ。
ならば三番とは何だろう――あまりにも真夏がぽかんとして固まっていたので、青戸は内心言わなきゃ良かったと思いつつも彼女の手から油性ペンを取ってすぐ目の前に屈んでいた。
「大人しくしてて」
「わ……!」
油性ペンのキャップを外して反対側へと取り付けると、青戸は真夏の着ているぶかぶかのユニフォームの前面、赤一色の部分に片手でユニフォームを伸ばして平面にしつつも英語で自分の名前を記していた。
彼女の意思など全く無視した行動だったが、彼がスカーレッツのユニフォームに自分の名前を書いてくれていることと三番を自分の背番号だと言った意味が、何となくだが分かった気がした。
「……ほら、勝手に書いちまったけどこれでいいか?」
「は、はい!」
青戸は油性ペンを真夏へと返しながらもそう告げると、暫しの沈黙の後に彼女はこくこくと頷く。
その時丁度壁の向こう、グラウンドの方角からざわざわとした声が聞こえる――時間を見ると前半が無得点のままハーフタイムへと入っていた。
応援席で試合を観ていた深紅のサポーターも、今がチャンスだと言わんばかりに通路へと姿を見せ始めたので、青戸は静かに立ち上がると彼女へ背を向ける。
「じゃ、俺は用事があるから。後半は向こうで観てこい」
作品名:Lost Universe 01 作家名:ねるねるねるね