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阿修羅に還れ  第一章

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 祇園に入ると、街並みだけでなく空気までもが雅に感じられる。さげた簾の向こう側から三味線の音などがこぼれてこようものなら、たちまち男達の心をくすぐる。
「少し先の料亭が奴の行きつけです。店から出ると奴の仕事が始まります」
 斎藤はあたりに目を配りながら歩を緩めた。
 歳三も少し先の料亭あたりに視線を残したまま、白川縁りに咲き乱れる桜に誘われたようにそぞろ歩きに変えた。
 ほどなく、酒気を纏った殿内が気の弱そうな家里を従えて通りの中央へ出てきた。目は油断なくあたりを行き交い始めている。獲物を探しているのだろう。
「言いがかりをつける相手を探していますね、おそらく太鼓持ちか、置屋の下男・・・」
 斎藤が小声で歳三に話しかけたが、歳三は斎藤を手で制した。顎で斎藤に合図すると、視線のずっと先に幇間を共にした若い女が殿内の方角に向かっていた。
「動こう、狙いをつけられたかもしれない」
 幇間を供にした若い女は芸妓や舞妓のようではなく、おそらく茶屋か置屋か花街に関係した人物のようだった。でなければ幇間を従えているわけがなかった。
「狙いは太鼓持ちとは限らんぞ」
 歩きながら歳三は向かい側からやってくる若い女を見ていた。いかにも花街にいる女らしく着物は上等で品の良いものを粋に着こなしている。
「ちょっと待った。武士の袴に泥をはね上げておいて知らん顔か?」
 通り過ぎようとした小柄な幇間の襟首を後ろからつかみ上げて殿内はにらみをきかせた。
 ひえっと首を縮めた幇間はそのまま地面に転がされ泥だらけになった。道は昨夜降った雨で所々にぬかるみが残っていた。
「伝助っ?」
 若い女は幇間の名を呼び、転がった男へ小走りに駆け寄る。
「大丈夫?伝助」
「おい女、泥をひっかけられた某に何の謝罪もなく先に太鼓持ちの心配か?どうしてくれるっ?」
「お侍さんのこーとな袴にうちの幇間が泥をかけたといわはりますのん?」
「おう、そうだとも」
「うちの幇間は人様に泥をあびせかけるようなけったいな歩き方はしまへんのや。こないなしるい所は誰かて避けて通りますやんか」
 言いがかりをつける殿内に、女は小気味の良い京言葉で言い返した。おそらく日頃からこういった類の輩と渡り合うような商売をしているのだろう。大きな丸い黒目が相手をキッと睨みつけ一歩も引けを取らない。
「なんだと?生意気な口を聞きやがって・・・そこへ直れ」
 一歩離れて見ていた家里が動いた。
「斬られる前にいくばくかの金で解決するなら、このまま立ち去ろう」と持ち掛けている。
 遠巻きにした人だかりの中から飛び出したのは歳三と斎藤一だった。斎藤が一瞬で殿内の腕をひねりあげ、歳三は女と幇間を背に殿内の前に立ちはだかった。
「みっともない真似をとくと見せてもらった。恥をかかぬうちに立ち去れ、だが、俺に見られた事を忘れるなよ」
 殿内は歳三と斎藤の出現に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、
「ふんっお前のような田舎者に後ろを見せるかっ」
 などと言い出したが、再びひねりあげられた腕に痛たたっとわめきながら振りほどき慌ててその場から走り去っていった。
「おおきに、助かりました」
 女は胸に手を当てて、幇間の腕につかまりながらやっと立っている。口では気丈なことを言いながら精一杯の抵抗だったのだろう。
「うちは上七軒の分寿の清子と申します。この伝助はうっとこの幇間です。お侍さんらはどちらの・・・?」
 清子と名乗り、キラキラした目で歳三を見上げる。
「いや、ただの浪人だ。では気を付けて帰れ」
 歳三は妙に胸が高鳴るのを感じながら踵をかえした。
 立ち去る歳三らに
「伝助」
 と清子は命じると後を追わせた。
 小柄な幇間がたったっと小走りに負いついて来て、
「お嬢さんに、お待ち申し上げておりますのでぜひ一度お出かけください。との伝言を言いつかりました」
 とペコペコと頭を下げた。
「わかった、ではそのうちに」
 歳三と斎藤は振り返り、伝助の後姿を見た。すると清子がこちらに向かって丁寧に頭を下げたのが行きかう人の波の間から見えた。

 殿内が京の町に繰り出しては、脅しで金を巻き上げ、その金を元手に高利貸しをしている事実を歳三はつかんでいた。会津藩のお預かりとなり将軍警護や市中取締りのお役目を遂行していくのに、殿内は武士道から外れいささか邪魔をしてくれた。
「その殿内、鵜殿殿にこの浪士組の差配を願い出ているそうですよ」
 歳三が眉間に皺を寄せ、おもむろに嫌な顔をした。
「浪士組から抜けてもらいましょうか」
 山南が言うと、
「俺がその役、ひき受けます。斬りましょう」
 すかさず沖田は殿内の始末を買って出た。隣で左之助が斬れ斬れと総司を煽っている。
「そうだな邪魔な奴には抜けてもらうしかあるまい、沖田君やれるか?」
 芹沢鴨も同意した。
「まず、証拠を握り追い詰めなければ事はおこせません。引き続き斎藤君に探索をお願いできますか」
 山南の言葉を受けて斎藤一は歳三の顔をチラリと見た。この一件、斎藤が探索に動くのは、歳三から探索費用を出してもらったのがきっかけだったのだ。それ以来、歳三と斎藤一の間には不思議な主従関係のようなものがあった。それを今になって山南の要請に応えて良いものか迷ったのである。
「俺は土方さんの命で動く」
 ぼそりと呟くように言う。
「では、この一件は土方さんにお任せしましょう。我々は報告を待ちましょうか。近藤さんもよろしいでしょうか?」
「うん、歳に任せておけば間違いはないからな」
 ここでわずかながら上下関係ができ始めていた。決めたわけでもないのに、自然と頭に立つ者、実質的に組織を動かそうとする者、そしてそれに従おうとする者と役割が出来ていく。

 それからしばらくすると、将軍家茂の東帰は延期となり浪士組にものんびりとした空気が漂いかけていた。だが、沖田総司だけは苛々としている。
「土方さん、いつになったら殿内を斬らせてくれるんですか?」
 と歳三をつかまえては聞きにくる。
「まあ待て、島田も探索に加えたところだ」
 しかし、あれから殿内はゆすりたかりの行動を控えている。歳三を見るとなにやらニヤついた目だけを向けてすぐに姿をくらましてしまう。
「土方さん、奴も中々尻尾を掴ませないですよ。どうしますか?」
 戻って来た斎藤一がつかみどころがないと言った顔で尋ねる。
 しばらく黙って何か思案していたが、急に顔をあげると
「上七軒へ行ってみるか。斎藤つきあえ」
 上七軒は格式の高い島原と違って、祇園や先斗町、二条と並ぶ最近人気の花街である。
 清子のいる分寿はそんな人気の花街にある中堅どころの置屋であった。
 屯所の八木邸を出ると壬生村から北野天満宮に向って、まっすぐに千本通りが伸びている。途中、将軍家茂のいる二条城を右に見ながら歳三の足は早まった。斎藤一も黙ったまま歳三の歩調に合わせている。
 斎藤は土方が急に上七軒へ行くと言った真意を考えていた。なかなか尻尾をつかませない殿内が上七軒で出没していたらわかるはずだ。
(それとも・・・単にあの時のお嬢さんに会いに行くだけか)
 そんなことを考えながら斎藤の胸も、なんとなく浮き立つ。

 朝の花街はひっそりとしていた。
作品名:阿修羅に還れ  第一章 作家名:伽羅