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阿修羅に還れ  第一章

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 尊王攘夷というものが学問塾や剣術道場をもとに人を介して広がった。これは攘夷志士らが今の日本がどうなっているかと全国行脚して攘夷論を説いて回った結果で、それを行った吉田松陰はすでに安政の大獄で死罪となっている。
「俺の名が帝の目に留まるんだぞ。すごいよなあ」
 すっとんきょうな声をあげて一番若い藤堂平助が皆を振り返らせた。平助はもとは北辰一刀流で伊東道場の弟子である。が、いつの間にか試衛館に転がり込んで食客になっていた。
 この藤堂平助、伊勢津藩の藩主、藤堂高猶のご落胤。と本人は言うが、沖田総司には、
「ウソばっかり。話がでかすぎるんだよなあ」
 などとからかわれているが、どうして、この若者の佩刀(上総介兼重)はただの剣術小僧が持てる代物ではなかった。さらに諱は宜虎という。ありそうな話だと歳三は思う。
「これ、いま少し別の物言いはできんのか?お前は軽々しくていかん」
 試衛館の食客という立場で上京してきている以上、近藤が藤堂をたしなめるのは当たり前なのだが、平助は不機嫌そうに横を向いてしまった。
 だが、今夜の清川八郎の演説といい、建白書といい、これでまわりが騒がしくなるのは目に見えていた。
 歳三は指折り数えてみた、将軍徳川家茂の上洛まであと十日あまり。それが建白書騒ぎで肝心の将軍警護の話など消えてしまったように忘れられていた。

 三月三日、朝廷の関白鷹司輔照より建白書の返事というものが来た。
 その内容だが、
「浪士組は、攘夷戦争に備えて東帰せよ」
 というものだった。
 関白鷹司は、江戸で起きた生麦事件を言っているらしかった。
「俺は帰らん、京にいる」
 歳三はめずらしく口火を切り、きっぱりと言い切った。
「そうですね、江戸に帰った我々を清河殿はただの兵隊としてイギリスの矢面に立たせるつもりでしょう。私も江戸へは帰りません」
 山南敬助が歳三の言いたいことを上手い言葉で代弁していた。
「だが、京にいて何をする?仕事も金もないぞ」
 空になった湯呑を手繰り寄せながら歳三と山南の顔を見ながら近藤は不安を口にした。近藤は江戸に帰るつもりだったか、妙な心配をしている。その心配もわかる気はするが、
「俺は将軍警護のために京へ来たんだ。その役目も果たせぬまま奴の口車に踊らされるなどまっぴらごめんだ」
 本当に将軍警護のためだけに京に残るなどと、歳三も思ってはいないが、何かを求めて京に来たのだ。京で何もせぬまま到着したその足で江戸へ帰るなど歳三にとっては迷惑な話でしかない。今ここで、清河を前に「やってられるか!」と啖呵を切りたいところだが、まず京へ残る算段だ。
「だからといって、なあ」
 近藤は近藤で腕組みをして考え込んでいる。
「ここは近藤さんに出ていただきましょう。鵜殿鳩翁殿に談判し、本来のお役目を通させていただくのです。あの方も今度の清河殿の行動については苦々しく思っているはずです」
 まったく山南は良く弁が回る。歳三が思っていることをすべて言葉にしてくれた。
「近藤さん頼むよ。山南さんと二人で談判しに行ってくれ、ここはやはり近藤さんに動いてもらわんと締まらねえ」
 歳三もこういう時は多弁だ。うまく近藤を頭にし、山南を補佐につけてしまった。
 こうして京に残留を希望する者が出始め、なんとあの芹沢鴨の一派も京に残るという。
 近藤が山南を連れ鵜殿に談判に行くことが決まり芹沢も新見錦という腹心らしき男を連れて同行した。
「それが芹沢さん達だけではなかったのです」
 山南がめずらしく興奮気味だ。
「殿内義雄が家里や他の浪士達に声を掛け、次々に人数が集まっていました」
 近藤と山南が帰ってくるなり、試衛館の面々は近藤勇の部屋に集まった。
「殿内ってあの嫌味な野郎だろう?」
 左之助は殿内が嫌いらしい。
「で?どうなんだ?反応は」
 歳三は左之助にかまわず話の先を促した。
「残留希望者を明確に把握しなければなりませんから、鵜殿殿はこのまとめ役をなんと殿内、家里両名に任せたのです」
「残った我らを幕府はどこかの藩に預けるつもりらしい。そうなると安心だな」
 近藤はこれだけで満足そうだが、歳三は釈然としない。
 日々の糧は預けられた藩でお役目を遂行すれば不自由はしない。だが、今の歳三には生きるための糧ではなくて生きるための目的が欲しいのだ。生きていなければ目的さえも見つからぬと人は言うかもしれないが、歳三はこだわってみたいのだ。自分の納得する生きる目的とやらに。
 一通りの話がすむと、沖田は藤堂と外出し永倉も左之助と一緒に近藤の部屋を出て行った。
 歳三はひとり、下駄をつっかけて中庭へ降りた。京風の雅な庭の作りがまるで箱庭のように整えられている。春にしては冷たい風が中庭を通り抜け、思わずその場に立ち尽くす。
 そして己に問いかけてみた。
(自分が京へ上ったのは何のためだ)
 郷里の多摩で薬の行商をしながら学んだ剣術だったが、この剣術で身を立てようなどと考えたことはなかった。当世、剣術を学ぶ者は町人や百姓も含めごまんといたし、免許皆伝など掃いて捨てるほどいるのだ。歳三が剣術を学んだのは武士になりたかったからに違いないのだが、例え武士になったところで人の後へまわってペコペコ頭を下げて肩身の狭い思いをして生きていくなら商人と変わらない。
(ならばどうしたい)
 幕府から将軍警護として雇われ武士になったような気がして天にも昇る気持ちだったのだが、京について今の自分に問いかけてみるとまた少し違うのだ。
 自分が現実としてつかみかけていた夢が、また少し先へ遠のいている。
 今すぐに、こうしたいと道が見えているわけではなかった。京に残留し幕府に抱えられそれで歳三の望む人生が送れるか?
(少し違う気もするな)
 だが、いまはこの与えられた機会を活かすより道はない。進む道は少し先でぼやけ揺らぎ岐路さえ分からない、それを見えなくしているものの正体を今は取り除いていくしかないのだ。
(殿内義雄、家里次郎…奴らはなにをしたいのだ)
 それがもやもやと歳三の胸をかき乱していた。
「土方さん、斎藤さんが来ています」
 振り返るとにこにこと人の良い笑顔を見せて山南が手招きしている。
「おっ、今いく」
 斎藤一は江戸生まれ江戸育ちである。
 斎藤一の父親が旗本の鈴木家の家来なので一は武士の子として生まれた。しかし、試衛館一派が上京する少し前に、小石川で人を斬った。つまらぬ口喧嘩の末に斬ったのだが、相手は旗本。斎藤一はそのまま出奔した。
 身を隠した先が父親の友人の道場で、京にあった。一の剣の腕はその道場で師範代を務めるくらいの腕ではあるが、若いゆえにそこで満足できなかったのだろう。浪士組として上京するという報せを近藤から受けた斎藤一は、京で身を隠していた道場を飛び出してここへ転がり込んできた。
「それで?もう道場へは戻らないつもりなのか?」
 近藤は一応渋い顔をしてみせる。
「・・・」
作品名:阿修羅に還れ  第一章 作家名:伽羅