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阿修羅に還れ  第一章

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(しかし、頭のいい奴ってのはどうしてこうも議論が好きかね?集まってワイワイしたところで結論が出なけりゃ意味ねえと思うがな)
 江戸城桜田門外で井伊大老が水戸と一部薩摩の志士たちに暗殺されるという血なまぐさい事件も、民をおびえさせ幕府の弱体化や尊王攘夷というものに恐怖を植え付けたに過ぎないかもしれなかった。
 民の目から見たら、大老を殺せば上がった物価がさがるのか?という事なのだ。日米間で結ばれた条約はそれほど物の値段を高騰させ民の生活を苦しくさせただけだからだ。
 今はまだ尊王攘夷も倒幕も、一部の思想家たちが議論をしているだけで、この先の日本という国がどこへ向かっているのか、誰がどうしようとしているのか暗闇の中でただ手探りしている状態なのである。
 ただ、あの桜田門外の暗殺事件は、倒幕へのきっかけを作った。

 早めに夕食を済ませた試衛館の面々も、新徳寺に向かう。
 他の浪士たちも続々と集まり始めていた。旅装を解いたというだけで、相変わらず身なりはそのままの者達ばかりであった。
 本堂へは表門を入って左の庫裏から上がるのだが、近藤はぞうりを脱ぐ前に気休め程度に袴を叩いて埃を落とした。すると、試衛館のも男達は右へ倣えと次々に袴の埃を叩いていく。
「うっぷっ!」
 顔をしかめ片手を鼻の前でわざとらしく振りながら、試衛館の一行の前を大げさに避けて庫裏に入っていったのは殿内義雄だった。
「ちぇっ、相変わらず失礼な態度だよなあ」
 原田左之助が舌打ちをするが、口に出すだけで腹を立てているわけではない。思ったことがすぐに口から出てしまうだけだった。原田よりもむしろ黙って殿内の後姿を見ている歳三の目の方が怖いものを含んでいた。
 殿内義雄は上総の国(千葉県)の名主の息子で結城藩に仕えていたという。その後、昌平坂学問所で学んだ事を二言目には鼻にかける、まさに歳三の一番嫌う種の男だ。同じ浪士でありながら、どこからそんな金が湧いて出るのかいつも上等な身なりをしている。実家が名主で金に困らないのは歳三も同じだから妙に納得が出来なかった。
 多摩にいた頃の歳三は、薬の行商でいくばくかの収入もあったが、それでも仙台平の袴など身に着けたことはない。
「ほら、なにをしている歳、行くぞ」
 近藤は先に庫裏へ上がり、振り返って歳三を見ている。
「土方さん、ここに皺が寄っていますよ」
 と沖田が自分の眉間をつついてみせた。
「わかってるよ、自分の顔だから」
 余計にムッとして慌てて式台をあがった。

新徳寺の中は六畳間の襖を取り外しておよそ六十畳ほどにぶち抜かれている。まだ桜の季節にはいささか早く、夜は多少なりと肌寒く感じらる頃だが集まった男達で妙に生暖かい。
 水戸天狗党出身の芹沢一行はずい分前の方に陣取っていた。
「芹沢さんらは早かったんだな」
 近藤はひとりごちて後ろの方で座り込んだ。まだ清河八郎は姿を現さず、浪士取締役の鵜殿旧王鳩翁が苛々と集まった男達の様子を見ている。会場はザワザワと雑談しており、静かに主役の登場を待つような雰囲気ではなかった。
 その中でひとり目を閉じ腕を組んで待つ芹沢鴨には、まわりとは違う風格が漂っているようで歳三の目を引き付けた。京までの旅の途中で芹沢が水戸天狗党の出身であることを知った。水戸の志士たちの唱える激しい尊王攘夷論もわからなくはないが、歳三の肌には合わなかった。思想が激しすぎるのと潔癖すぎて何か危ない気がするのだ。
 石田村の実家から薬箱を背負って行商に歩いてまわる歳三は、各地を巡りながら尊王だ攘夷だと様々な思想を耳にしてきたが歳三の心を動かすものには出会えていない。
 その肌に合わない水戸天狗党出身の芹沢鴨は、他人に攘夷論を語るわけでもなく、天狗党出だと吹聴することもない。ただ、時々見せる暴言と乱暴な行動はまわりの者を恐れさせる。ああして黙って腕を組んで座っているだけで、水戸天狗党の気のようなものを感じさせる。
(ただ者ではないな)と歳三は思う。
 そして清河八郎。
 この男もひとたび大広間に姿を見せ演説を始めると、それを聞く者の心をなんとはなしにその気にさせる力を持っていた。
「我等は尽忠報国の赤誠により結成された一団である…!」
 と第一声で唱えられると思わず、うん、そうだと頷いてしまいそうになるからやっかいだ。
 しかし歳三は素直ではない。
 尊王攘夷。この尊王と攘夷二つの言葉をくっつけたまま使われることに歳三は違和感を覚えるのだ。尊王は字のとおり帝を尊ぶこと。攘夷は異国を打ち払う事。尊王には素直に同調できても攘夷には首を傾げたくなる何かがある。ここなのだ、この思想の面倒くさいわかりずらい所は。
 昨年八月に起きた生麦事件。
 横浜の生麦村で、薩摩藩の島津久光の行列に馬を乗りいれイギリス人が斬られた事件だが、これだとて何も知らずに馬を乗りいれた外国人が悪いと頭から決めつける気になれない。
 ぼんやりとそんなことを考えているうちに清河八郎の演説は締めくくりの言葉になっていた。
「〜速やかに朝廷に奉り、即刻、御所へこの旨を上書いたす。諸君もご異存あるまいな」
 というわけだ。
 頭の中では違うことを考えながらも、清河の演説の一部始終は聞こえている。要するに我らは尊王攘夷の魁となるぞ、と言っているのだが。
 やがて前の方から連判せよとの用紙が回ってくる。浪士組全員の署名を持ってこの旨を朝廷に書状として差し出すそうだ。
「これでしたね近藤さん。清河殿の狙いは」
 こそっと声を潜めて山南が言う。
「む?うんこれか」
「私たちにどうせよと言うのか、わかりずらいですね」
 山南のすべてわかっていますよと思わせるしたり顔に、いまいちよくわかっていない近藤勇。
「だが、尊王攘夷であることに変わりはあるまい?」
「そうです、その通りです。ですが、これで済むでしょうか?」
「だからよ、今夜の所は連判状に名前を書けばいいんだろ?」
 原田左之助が茶々を入れるように言う。物事のすべてに左之助はせっかちで面倒なことを嫌う。さっさと済ませて遊びに行きたいというところだろう。支度金の三両が皆の懐にあるのだ、無理もない。
 連判状に歳三も署名をする。
「歳さん、腑に落ちないようですね」
 井上源三郎は筆を持つ歳三の手元を見ながら呟く。
「いささか、な」
 言葉少なに答えたところで、前の方から芹沢鴨が席を立って来た。本堂の入り口まで来て振り返ると、
「署名はしたが某は清川殿の考えに全て同意したわけではない。このままこの鴨を操れると思ったらそれは大きな間違いだ」
 鋭い言葉を残し、芹沢鴨は寺を後にした。
 これだった、これが子の芹沢鴨の凄いところだ。
 では、バリバリの水戸天狗党の芹沢鴨と、清河八郎の尊王攘夷は何がどう違うか。
「人と成り、が違うかもな」
 ぽつりと言った歳三の言葉を近藤が近くで聞いていた。
「芹沢さんのことか、清河殿とは合いそうにないなあ」
 それはそうだが、近藤は近藤で清河の演説に妙に感じいった所があるらしかった。江戸の試衛館時代から近藤はその手の攘夷論に首を突っ込むのが好きで、道場を訪れる者をつかまえては話し込んでいた。
作品名:阿修羅に還れ  第一章 作家名:伽羅