ゼルジーとリシアン
それでも、この日はたっぷり空想ごっこを行い、パルナンでさえすっかり満足したのだった。
7.物語の始まり
次の日も、パルナンはゼルジーとリシアンと森へやって来た。
「パルナン、今日は虫採りに行くんじゃなかったの?」ゼルジーは聞いた。
「あの桜の木、べったりと樹液が付いていたから、もしかしたら、面白い昆虫がやって来てるかもしれないと思ってさ」それがパルナンの答えだった。
「そうかも」リシアンが同意する。「沼にはカエルやザリガニもいるし、もしかしたら、大きなトンボが来てるかもしれないわ」
けれど、桜の木をざっと見回してしまうと、パルナンは2人のいるうろの中へと入ってきた。
「何かいた?」とゼルジー。
「いいや、たいしたものは見つからなかった」
「なら、また空想ごっこに入らない? 昨日はパルナン、あなたも楽しんでたじゃない」リシアンが誘う。すると、パルナンは言うのだった。
「ねえ、どうせなら、続き物の話にしないか? ほら、昨日は1回ごとに別の話だったろ。雲の上の冒険とか、地底探検とかさ。そうじゃなくって、ずっと続く物語にするんだ」
「あら、それいいじゃないの」ゼルジーはすぐに賛成した。
「そうね、名案だわ。その日の物語、わたし、うちに帰ってからノートに書くわ。あとで読み返したら、きっと楽しいに違いないと思うの」リシアンが引き受ける。
「じゃあ、役を決めておかなくっちゃな。ぼくは、昨日、戦士になったり狩人になったりしたけど、もっと別なものになりたいんだ」パルナンは言った。
「リシーとわたしは、同じままでいいわ。木もれ日国女王リシアン、そして王室付き魔法使いよ」
「パルナンは何になりたいの?」リシアンが尋ねる。
「そうだなあ、勇者なんてありきたりだと思うんだ。確かにかっこいいんだけどね。でも、物語には悪役が必要なんだよ。ぼく、悪賢い妖精ならやってもいいな」
「それってつまり、わたし達の敵になるってこと?」ゼルジーはちょっと驚いた。
「そうさ。この世は善と悪がいて、帳尻が合っているんだ。ぼくは、君らの宿敵になることにするよ」
ゼルジーもリシアンも、すっかり呑み込んだというわけにはいかなかったが、パルナンの言うことだから、それでいいのだと考えることにした。
「属性はどうする? 昨日決めた通りでいいかしら」リシアンは、例によってメモ帳に、各自の役割を書き記しているところだった。
「うん、それでいいよ。ルールは変えないって約束だったしね」とパルナン。
「わたしが水で、リシーが木よね。そんでもって、パルナンは火でよかったっけ?」
「ええ、そう書いてあるわ」リシアンはページをめくって確認する。
「覚悟しておけよ。火の魔法は手強いぞ」パルナンが脅しをかけた。
「火は水に弱いんですもの、負けないわ」ゼルジーも対抗心を燃やす。
「わたしの魔法は木だから火には弱いけど、癒やしの力もあるから、やけどを治すことぐらいならできるわね」リシアンはメモ帳をポケットにしまうと、「それじゃ、さっそく『木もれ日の国』へ行きましょうよ。うろがその入り口だから、わたし達、いったん外に出なくっちゃ」
3人はうろの外へ出ると、改めて順番に中へ入っていった。
〔丘の上に立つ白亜の宮殿、それがリシアン女王の住む城だった。常春のこの地にさんさんと降り注ぐ太陽が、城をそれは美しく輝かせていた。
「ゼルジー、『扉の間』へ行くから、お供をしてちょうだい」リシアン女王が言った。
「今日はどの扉を開きましょうか、陛下」魔法使いゼルジーは軽く頭を下げ、女王の意見を伺う。
「8番目にしましょう。今朝は、とってもパンが食べたい気分なの。あの国には、おいしいパンがたくさんあるんですもの」
「扉の間」とは、無数の扉がどこまでも続く魔法の廊下だった。扉の向こうには様々な国が広がっていて、女王はたびたび、散策に出かけていた。
「かしこまりました、陛下」ゼルジーが一礼する。
2人は「扉の間」へ入ると、入り口から数えて、ちょうど8番目の扉の前に立った。
「ゼルジー、さ、開けてちょうだい」リシアン女王が言う。
「はい」ゼルジーは、首から提げた黄金の鍵を、その鍵口に差し込んだ。カチャリと音を立て、扉が開く。たちまち、ぷーんとパンの香りが溢れ出てきた。
リシアン女王とゼルジーは、パンの国へと足を踏み出す。
「ああ、おいしそうだこと。今日も焼きたてのパンでいっぱいだわ」リシアン女王は鼻をくんくんと鳴らして言った。
すべての家は食パンでできていて、マーマレードやイチゴジャム、バターが塗られている。
煙突からはココア・パウダーの煙が立ち上り、流れる小川には、濃厚なミルクが泡立っていた。
「陛下、あの家の庭の木に、出来たてのアップルパイが実っていますわ」ゼルジーは、ピーナッツバターのたっぷり載った1軒を指差した。
「そうね、あれをいただこうかしら。家の者に、そう伝えてもらえない? ゼルジー」
ゼルジーはさっそく家の戸を叩き、中の者を呼んだ。
「もしもし、わたしは『木もれ日の王国』の者ですが、庭のアップルパイを少々、いただけませんか?」いかに女王とて、民の財産を勝手に食べてしまうことは許されないのだった。
現れたのは、乾パンでできたこの国の住人だ。頭にはチョコレートクリームがふわっと載り、服はマジパンで描かれた太った婦人である。
「まあ、これはこれは、大女王の魔法使い様。ささ、どうぞお好きなだけ取って、召し上がってくださいまし」大女王と呼ばれるのは、「扉の間」に広がるすべての国が、この「木もれ日の王国」の支配下にあるからである。
「ありがとうございます。女王陛下もお喜びになりますわ」
2人は、木の下へ行くと、両手にそれぞれアップルパイをもいで、バーンズでできた石の上に腰掛けた。
「これ、本当においしいわ。リンゴはついさっき熟したばっかりなのね。パンもふっかふか」リシアン女王はアップルパイをほおばりながら、満足そうにうなずいた。
「出来たては最高でございますね、陛下」ゼルジーも、夢中になって齧り付く。
すると、どこからか、からからと笑う声が聞こえてきた。
「あんまり食べ過ぎると、ぶっくぶくに太っちまうぞ」声がそう言って、2人をからかう。
いつからいたのか、屋根の上に少年が座っていた。
「あんたはいたずら者の妖精パルナンっ!」ゼルジーは声を荒げる。
「いかにも、おいらはパルナン。扉の鍵が開いていたんで、遊びに来てやったぜ」
妖精パルナンは、「木もれ日の王国」の厄介者だった。いつも悪さばかりして、女王を困らせていた。
「また何かしでかす気ね」ゼルジーは杖を掲げ、身構える。
「それがおいらの性分だからな」そう言うと、2人のいるほうへ向かって、指を鳴らした。たちまち、アップルパイの木に火が燃え移る。パルナンは火の魔法を自在に操ることができるのだ。
「やめなさい、パルナン!」リシアン女王が叫ぶ。
「火には水よっ」ゼルジーは呪文を唱えると、空から雨を降らせた。火はたちまち消え失せ、周囲には焦げた臭いばかりが残る。「ほらね、あんたの魔法なんて、ちっとも怖くないわ。今日はわたし達の勝ちね」