ゼルジーとリシアン
「そうだわ、『木もれ日の国』よ。それにするわ。だって、あの森の木もれ日って、最高なんだもん。そして、桜の木のうろが、その入り口ってことにするの」
「あら、いいじゃないその名前。だったら、あなたは『木もれ日の国』の女王になるべきだわ」
ゼルジーのこの指名に、リシアンは顔を輝かせた。
「まあ、素敵! でも、わたしが女王でいいの?」
「ええ、わたしは王室付きの魔法使いってことにするわ。女王より、そのほうがずっといいわ」
「木もれ日の王国」が、こうして誕生した。
6.5つのルール
ソームウッド・タウンに、久しぶりの晴れ間が広がった。ゼルジーとリシアンは、朝食を食べたあと、さっそく「木もれ日の王国」へと出かけようとしていた。
「パルナン、あなたも来る?」ゼルジーは戸口でそう尋ねる。
「そこ、カブトムシはいるかい?」その様子から、この間見つけたというクヌギ林では大した収穫がなかったらしい。
「桜の木の蜜を舐めに、カナブンがたかっているわ。それに、いつだったか、クワガタムシも見かけたっけ」リシアンが答える。それで決まりだと言わんばかりに、パルナンは虫かごと網を持った。
「行ってみることにするよ。その『木もれ日の王国』の入り口っていうのも、見てみたいしね」
パルナンは2人と一緒に、森へ行くことを決めた。
ゼルジーはリシアンと並んで歩きながら、後ろからついてくるパルナンに聞こえない声でささやいた。
「リシー、わたし、秘密の場所なのに、パルナンを誘っちゃったけど悪かったかしら」
「ううん、そんなことないわ、ゼル。名前を付けるきっかけになったのはパルナンのおかげだし、どのみち話そうとは思ってたのよ」リシアンは答えるのだった。
桜の木にやって来ると、パルナンはさっそく周りを調べ始めた。リシアンが言った通り、あちらこちらから樹液が流れ出ている。チョウやガがとまって蜜を吸う中、小さなカブトムシを見つけた。
「メスのカブトムシか。こんなの捕まえても仕方がないや」パルナンはつぶやく。ほかにめぼしい昆虫がいないとわかると、2人の元へと戻ってきた。
「君らの空想ごっこの調子はどう?」
「それをこれから考えるとこ」とゼルジー。
「でも、まずはルールを考えた方がよくない?」リシアンが言う。
「あら、そうだったわ。さもないと、また昨日みたいに、ひどいことになっちゃうものね」
「そうだなあ、最低でも5つは必要だと思うよ」パルナンが話しに加わってきた。虫採りができないので、さしあたって、ほかにすることがないのだ。
「5つかぁ。何があるかしら」ゼルジーは考え込む。
「ねえ、パルナン。あなた、思いつかない?」リシアンが聞いた。
「まずは、物語になってなくっちゃね」パルナンは言った。「物語っていうのは、始まりがあって終わりが来るものだろ? 空想するなら、それは絶対に必要なものなんだ」
「そうね、その通りだわ」ゼルジーはうなずいた。
「待って、わたし、メモするから」リシアンはポケットからメモ帳を出す。「いいわ、続けてちょうだい、パルナン」
「それから、1回の冒険で行ける国は1つだけ」
「まあ、どうして?」ゼルジーは聞き返した。
「だってそうだろ? おまえの空想は底なしなんだ。いつも、最後には行き詰まっちゃってるじゃないか。行き先が1つと決められていれば、もうそれ以上、困難に巻き込まれることもないよ」
「1回に行ける国は1つだけ……っと」リシアンは書き込んだ。
「3つ目は?」とゼルジー。
「魔法には属性がなくっちゃな」
「ゾクセイって何?」
「つまり、使える魔法の種類のことだよ。癒やしの魔法とか攻撃魔法とか」パルナンはそこでパッと思いついた。「そうだ、元素にしようよ。火、水、木、金属、土、この5つ。ゲームじゃお馴染みなんだぞ」
「火、水、木……あとなんだっけ?」リシアンはエンピツを浮かせた。
「金属と土さ。それぞれに意味があるんだ。1つずつ言うから、リシアン、メモしてってよ」
「わかったわ」
パルナンは指を折りながら説明を始めた。
「火は敵を燃やしたり、気持ちを高ぶらせる魔法なんだ。水は冷やしたり、気持ちを静めたりする」
「……いいわ。続けてちょうだい」
「木は病気や傷を治し、金属は楯になるんだ」
「土って、あんまり役に立たなそうだけど?」ゼルジーが口を挟む。
「とんでもない。土は大地のことさ。重い物でもなんでも持ち上げる力があるんだ」
「全部、書き留めたわ」リシアンは顔を上げた。「4つ目のルールは何かしら?」
「これは大事なことなんだけど、1度の冒険で使える魔法は3回までにしよう」
たちまち、2人の間から不服の声が上がった。
「たったそれだけ? 空想するのに、骨が折れるわっ」ゼルジーが悲しそうに言う。
「そうよ。そんなの、あっと言う間に使い切っちゃうと思う」とリシアンも反論した。
「でもさ、魔法がそんなにぽんぽん使えたら、ありがたみがなくなるじゃないか。よくよく考えて使うものなんだ。1回の冒険で3回なんて、これでも多くしたんだぞ」パルナンもゆずる気はないようだ。
「でも――」ゼルジーはまだあきらめきれない様子である。
「ピンチの時に、さんざん知恵を絞って出す。いい魔法っていうのはそういうものなのさ」
パルナンにそう言われては、2人とも納得するよりほかはなかった。
「じゃあ、最後のルールってどんなの?」リシアンが尋ねる。
「この4つを含めて、空想中に決めた守りごとは、絶対に変更しないってこと」
「それならできそうだわ」ゼルジーはうなずいた。「遊びであれ、なんであれ、決めごとはちゃんとしなくてはいけないもの」
リシアンはメモ帳を見直して、書き間違えがないか確かめた。
「魔法の属性、決めましょうよ。それぞれの役割は、確かに大事なことだもん」
「わたし、水の魔法がいいな。火って、なんだか恐ろしいわ」ゼルジーがまず名乗りを上げる。
「じゃあ、わたしは木にする。森が大好きだから」それからパルナンを振り返り、「パルナンはどうする?」
「ぼくかい?」パルナンは、ちょっとびっくりした。「まあ、ちょっとぐらいなら空想に付き合ってやってもいいけど……」
「パルナンは火がいいんじゃない? だって、前に花火をやったとき、自分で火を付けたがっていたじゃない」
「そうだなあ、火は強力な魔法の1つだから、悪くないね」パルナンは認めた。
「でも、金属と土の役割の人がいないわね」リシアンが指摘する。
「仕方ないわよ。ここにはわたし達のほか、誰もいないんだから」
誰も、5大元素が揃っていなくともかまわないと考えていたので、問題にはならなかった。
「とりあえず、5つの原則は決まったわね。ちょっとだけ窮屈になった気がするけれど。でも、ルールがあるっていいものね」ゼルジーは言った。
「ええ、パルナンがいてくれてよかった。わたし達だけじゃ、そんなこと、きっと思いつかなかったに違いないわ」
「言っとくけど」パルナンは釘を刺す。「ぼくは、いつも君らの空想に参加するつもりはないからね。たぶん、明日は別の林で虫採りをするんだ。あんまり、当てにしないで欲しいな」