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ゼルジーとリシアン

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 川沿いに歩くと、ごつごつと岩の並んだ浅瀬へ出た。大小の岩は、ほとんど等間隔に並んでいて、子供の足でもひとまたぎできそうである。
「あら、本当ね。これなら簡単だわ」ゼルジーはうなずいた。「でも、あんまり楽すぎるわ。そうだ、あの岩が断崖絶壁なんだって、空想してみない? 両側はごうごうと水が激しく流れてるの。もちろん、うっかり落ちたりしたら、一巻の終わりよ」
「いいわね、それ。ついでに、岩と岩の間が、ジャンプしてぎりぎり届くってことにしましょうよ」リシアンも賛成する。

〔「初めの1歩はちょっと遠いわね」ゼルジーは岩の距離を目測で測った。「リシー、わたしから行くわね」
「ええ、そうしてちょうだい」
 ゼルジーは助走を付け、えいっと跳んだ。唸る濁流が、霧となって吹き付ける。
「さあ、リシー。いらっしゃいよ」
「わたし、なんだか急に怖くなっちゃったわ」リシアンは尻込みした。
「頑張らなくちゃだめよ。ここを渡らなくては、向こう岸にたどり着けないんだから」
「わかったわ。やってみる」
 リシアンは、持てる勇気を振り絞って、ゼルジーのいる岩へと飛び移った。立ってみると、ここがいかに危険な場所か思い知らされた。水面まではざっと10メートルはあるだろうか。急流が白いしぶきを立てながら渦巻いている。
「下を見ちゃダメよ、リシー。目がくらんじゃうから」
「ええ、そうね。先を行きましょう、ゼル」

 2人は注意深く、岩を飛び越えていった。
 中ほどまで来たとき、ゼルジーが突然、あっと声を上げた。
「どうしたの、ゼル?」
「うん、今、ちょっと足を踏み外しそうになったわ」
「まあっ!」リシアンが恐ろしそうな声を出す。
「大丈夫、次からはもっと用心して進むから」ゼルジーはなんでもないことのように言ったが、リシアンは胸がどきどきと鳴ったままだった。
「あとたった2つ飛び越えれば、向こう岸ね」リシアンはホッとしたように言う。
 そのとき、水面に黒い影が浮かび上がった。 
「あれ、何かしらね、リシー」ゼルジーが指差す。
「きゃっ、とてつもなく大きな魚だわっ」リシアンは悲鳴を上げた。
「きっと、この川の主に違いないわ。わたし達を食べるつもりなのよっ」
「急ぎましょうっ」

 川の主はくわっと大きな口を開け、水を跳ね散らかしながら飛びかかってきた。
「来たわっ!」ゼルジーはそう叫ぶと、大慌てで次の岩へと跳んだ。
「食べられちゃうっ!」リシアンもそれに続き、危ういところで難を逃れる。
「さあ、もう岸よ。せーのっ、で飛び移るのよ、リシー」
 ゼルジーとリシアンは、力いっぱい踏ん張って、どうにかこうにか、川を渡りきった。〕

 ゆらゆら揺れる川の底を、40センチはあろうかと思われるウグイがすうーっと泳いでいった。
「危なかったわね」ゼルジーは笑いながら話しかけた。
「わたし、本当に怖かったわ」胸を押さえながら、リシアンは首を振る。「川の主ったら、わたしのかかとにちょっと触れたのよ。もうダメかと思っちゃった」

 林を抜けると、トウモロコシ畑が広がっていた。
「畑の向こうにうちが見えるでしょ? あそこがウィスターさんち」リシアンが言った。
「思っていたより、ずっと近かったわね」とゼルジー。「わたし、もっと遠くにあって、しかもそこは岩山なんじゃないかって、考えていたの。ウィスターって、なんだかそんな感じの名前じゃない?」
 リシアンはそう思わなかったが、うんうんと相づちを打った。
 家の戸口に立って、リシアンはノックした。「こんにちは、ウィスターさん」
 ガタゴトとイスを引くような音がして、ほどなく頭の禿げ上がった老人が姿を現した。

「おや、ストンプさんとこのリシアン。そちらのお嬢さんは、どちらさんかな?」
「わたし、ロンダー・パステルから来たゼルジー・ティンブルといいます」ゼルジーはぺこりと頭を下げる。
「ああ、こりゃまた大都会からよく来なすったね。すんごい田舎で、びっくりしたこったろう」ウィンスターは朗らかに笑ってみせた。
「いいえ、ウィスターさん。わたし、こんな素敵なところに来られて、本当に喜んでいるんです。それに、リシー――リシアンとも会えたし」ゼルジーは思った通りを口にした。
「ウィスターさん、おかあさんがクッキーをどうぞって」リシアンは、バスケットを手渡した。
「いつもありがたいねえ。帰ったら、ストンプさんにそう伝えておくれ。ささ、暑かったろう。中に入って、冷たい飲み物でもどうかね」
 2人は遠慮なくご馳走になることにした。

 テーブルに着くなり、ゼルジーは口を開いた。
「わたし達、いつもウィスターさんのとこの森で遊ばせてもらっているんです」
「あそこは手入れもできず、荒れ放題なんだが、何か面白いものでもあるのかね?」
「古い桜の木のうろが、わたしとゼルジーの秘密の隠れ家なんです」リシアンは答えた。
「ああ、あの桜か。季節になると、きれいに花を咲かせてくれるわい。そばに沼があるが、あそこは気をつけておくれ。ぬかっている上、案外と深いからな」
 ウィスターは、絞りたての冷たいオレンジ・ジュースを持ってきてくれた。
「わたし、そういえば喉がからからだったの」ゼルジーは、コップの半分を一気に飲むとそう言った。
「わたしもよ。ああ、冷たくっておいしい!」

「あの森は、わしも子供の頃からよく遊んだもんだ」ウィスターが語り出す。「だが、悲しいかな。見ての通り、この老いぼれだ。いずれ、土地ごと売ってしまうことになるだろうな」
「森がなくなっちゃうんですかっ?」リシアンはびっくりした。
「うむ、近く、ここいらに大きな道路を造るって話が来てるんだよ。金が入れば、わしも息子の住む都会へ越して、老後の生活ぐらいは困らなくなるし、悪い話じゃないと考えているんだがな」
 ゼルジーもリシアンも、なんと言っていいかわからなかった。桜の木も魔法の小山も、そして森そのものまでも消えてしまうかもしれないのだ。

 帰り道、2人はウィスターの言ったことをとくとくと話し合った。
「森がなくなってしまったら、きっと寂しいことでしょうね」ゼルジーが悲しげな声を洩らす。
「そうね。見慣れた景色が一変してしまうんだもの、つらいわ」
「でも、まだそうと決まったわけじゃないわよね?」少しでも希望を持ちたいゼルジーがそう述べた。
「だといいんだど……」リシアンはゼルジーほど楽観的になれず、ほうっと溜め息をつくのだった。


5.雨続き

「今日も朝から雨ね……」ゼルジーはリシアンのベッドにどっかりとあぐらをかきながらつぶやいた。
「もう3日も降り続けて、いつになったら止むのかしら」反対側にはリシアンが座り、うんざりしたような声を出す。
「でも、わたし達には想像力があるわ。そりゃあ、桜の木のうろに行けないのは残念だけれど、空想はいつでも、どこでだってできるもの」
「そうね、ゼル。あんたの言う通りだわ。今日はどんなことを空想しよっか」
「そうねえ、例えばほら、このベッド。ここが溶岩の上に浮かぶ1枚岩だって考えてみない?」ゼルジーが提案した。
「たださえ蒸し暑いのよ。汗びっしょりになっちゃうわ」
作品名:ゼルジーとリシアン 作家名:夢野彼方