ゼルジーとリシアン
「いい? いち、にいのさん、で1歩踏み出すの」ゼルジーが言った。
「うん、いいわ、ゼル」リシアンはゼルジーの手を取り、構える。
「いち、にいの、さんっ!」2人は同時に小山へと足を乗せた。
「何か変わった?」リシアンが尋ねる。
「あら、気がつかない? わたし達、ほら、1歩分、体が縮んだわ」ゼルジーは答えた。
「まあっ!」
〔ゼルジーとリシアンは、さらに登り続けた。あんなに低いと思っていたのに、いくら行っても頂上が近づいてこない。それもそのはず、2人は登れば登るだけ、どんどん小さくなっているのだった。
「困ったわね、これじゃいくらたったって、てっぺんには行けやしない」リシアンは溜め息をついた。
「巧妙に仕組まれた魔法ね。きっと、一番上には、何か重要なものが隠されているのよ」
「だとしたら、なんとしてでもたどり着きたいわね。でも、どうしたらいいのかしら」
登りながら、少女達はあれこれと考え続けた。
ふいに、ゼルジーが笑い出した。
「あんたってば、いったいどうしちゃったの?」リシアンは、驚いてゼルジーの顔をのぞき込んだ。
「簡単なことだったのよ、リシー」ゼルジーは言う。「魔法には魔法よ。だって、ここではわたし達、魔法が使えるはずでしょ?」
「あら、わたしそのことをうっかり忘れていたわ!」リシアンはぱっと顔を輝かせた。
「鳥になりましょうよ。空を飛んでいくの。そうすれば登らなくって済むじゃないの」
「あんたって天才的だわ。わたし1人だったら、永遠にこの山を登り続けなければならないところだった」
ゼルジーとリシアンは一言、「鳥になれっ!」と叫んだ。すると、2人の背中から大きな翼が生え、あっと言う間に空高く舞い上がった。
「ほらね、思った通りだわ。山の魔法も、ここまでは届かないのよ」ゼルジーは、頂上を目指して降りていく。リシアンもそれに続き、
「空を飛ぶって、気持ちのいいものね」とうっとりした声を洩らす。
小山の頂上に立つと、背中の羽がふっと消え、人間の姿に戻った。
「見て、ゼルジー。てっぺんに着いたとたん、また低い山に戻ってるわよ」リシアンは辺りを見回しながら言った。
「登るときだけ、魔法が効いていたのね。だったら、降りるときはずっと簡単だわ」
「ごらんなさいよ。タンポポが1輪だけ咲いているわ」
「これはきっと、魔法のタンポポなんだわ。幸せになれるとか、なんとか、そんなね」ゼルジーはタンポポのそばにしゃがみ込んだ。
「だったら、願いは叶ったってわけね。わたし達、今はこんなに楽しい気分だもの。このタンポポは摘まずに、このままにしておきましょ。ほかの誰かが幸せになれるように」〕
小山を駆け下りると、2人は息を弾ませながら笑い合った。
「面白かったわね、今の空想」ゼルジーははあはあ、とあえぎながら感想を述べた。
「ええ、これまでに空想した中で最高だった」リシアンも、満足そうに答える。「さあ、うちに戻って、朝ご飯にしましょうよ。食べたら、また遊びに出かけましょう」
家に帰ると、ちょうどパルナンが2階から降りてくるところだった。ぼさぼさのままの髪、ズボンからはみ出たシャツ、1段ずつ掛け違えたボタン、ありていに言えば、たった今起きたばかりということが見て取れた。
「ゼルもリシアンもどこへ行ってたのさ。ずいぶん、早くから出かけるんだなあ」
2人は顔を見合わせ、ニコッと笑うと、申し合わせたように、「秘密の場所っ」とだけ答えるのだった。
4.ゼルジーの想像力
「お昼を食べ終わったら、また、森へ行くんでしょ?」 クレイアが聞いた。
リシアンはスープを飲む手を止め、「ええ、もちろんっ!」と答える。2人は、さっきまで桜の木のうろで空想ごっこをし、昼ご飯を食べに戻ったところだった。
「だったら、ウィスターさんところにちょっと寄ってもらえるかしら。クッキーをたくさん作ったから、持っていて欲しいんだけど」
「いいわ、おかあさん。林を抜けてすぐのところだし、ゼルと一緒なら、退屈はしないから」
「ウィスターさんって、あの森の持ち主って人よね?」ゼルジーは確かめた。
「ええ、そうよ。3年前に奥さんを亡くし、息子のブレアスさんも、都会へ出て行ってしまい、今は独りっきりなの」リシアンが答えた。
「パルナンはどうする? 一緒に行く?」ゼルジーが尋ねる。
「行かない。すっごくいい感じのクヌギ林を見つけたんだ。あそこには、きっと大きなカブトムシがいるに違いないよ」ソームウッド・タウンに来てからこのかた、パルナンは毎日、虫採りに忙しかった。ロファニーの虫かごと網を借りて、野山を駆け回るのに余念がないのである。
「よくも毎日飽きないわね」ゼルジーは肩をすくめた。
「そういう自分だって、空想ばっかで退屈しないのか?」
「するもんですか。想像力には限りがないんですもの。ね、リシー」
「そうよ。わたし達、毎回、新しいことを思いつくんだから」リシアンも、そう言い返すのだった。
パルナンは、最後に残ったウィンナーを口へ放り込むと、ごちそうさま、と言ってテーブルから立った。
「さてと、ぼく、もう行かなくっちゃ。今日はなんだか、大物が捕まえられそうな気がするんだ」
「わたし達もそろそろ出発しましょうか」リシアンはゼルジーを促した。「近道があるのよ。いつもと違う場所を案内するわ」
「素敵っ。近道って、ワクワクする響きじゃない?」ゼルジーは、食べ終わった皿を集め、台所へと運びながら言った。
「みんな、暗くならないうちにも帰ってくるのよ。それから、帽子をかぶるのも忘れないで」クレイアはそう注意した。
丘を越え、道路に出ると、リシアンは立ち止まった。
「この道を右にずっと行けば、ウィスターさんのところに着くわ。でも、それだと、森をぐるっと回っていくから、うんと遠回りになっちゃうの。だから、このまま真っ直ぐ、林を突っ切って行くわ」
2人は目の前に広がる杉林へと入っていった。照りつける日差しを木陰が遮り、つんと鼻をくすぐる針葉樹の香りが広がる。
少し先に、大人の背丈ほどの岩が見えてきた。
「この岩を左に曲がるの。ここは道がないから、いい目印になるのよ」リシアンが言った。
「ねえ、リシー。この岩、人の姿に見えない?」ゼルジーは岩をまじまじと見つめる。「ほら、心持ちうつむいて、なんだか淋しげ。きっと、道に迷った旅人が、そのまま石になってしまったんだわ」
「いやよ、ゼル。そんなこと言わないで。気味悪いじゃないの」リシアンはぶるっと肩を振るわせた。
「あら、大昔の話だわ。もう、怖がる必要なんてないのよ」ゼルジーはそう言ったが、リシアンは眉をひそめて岩を横目で見つめるのだった。
「わたし、1人じゃここを通れなくなりそう」
「心配ないってば、リシー。この人は、岩になって、みんなを見守り続けているの。もう、誰も道に迷わないようにね」ゼルジーはそう慰めた。
せせらぎの音が聞こえ、ほどなく川が見えてきた。
「この川を渡るんだけど、ちょうどいい岩場があるのよ。そこを飛び段の要領で越えていくの」
「まあ、わたしにできるかしら」ゼルジーは不安そうに言った。
「平気よ。岩と岩は、そんなに離れていないんだから」