ゼルジーとリシアン
「わからないかい? 夜だってば。夜って、地球自身の影だろ? 今まさに、ぼくらとリシアン達は、同じ影の中にいるんだ。すぐにだって『影の国』へ行けるじゃないか!」
「そっかあ、電話ね? 電話で話せばいいのよねっ!」
ゼルジーの顔が、ぱっと輝いた。パルナンの覚えている限り、夏休み以来の明るい笑顔だった。
21.絆の魔法
夕食を済ませると、ゼルジーはさっそくソームウッド・タウンに電話を掛けた。
「あ、もしもし。クレイアおばさん? わたしよ、ゼルジー。あのう、リシーとお話がしたいんですけど」
「あら、ゼルジー。ちょっと呼んでくるから待っていてね」受話器の向こうで、クレイアがリシアンを呼ぶ声が聞こえる。
ほどなく、
「もしもし、ゼル。どうしたの?」
「ああ、リシー。声が聞けてうれしいわ。あのね、パルナンがすっごくいいことを思いついたの」ゼルジーは、夜が地球の影であることを説明した。
「まあっ、それじゃわたし達、今から『影の国』へ行かなくっちゃ!」リシアンはすっかり興奮しきった。「兄さん達を呼んでくるわ。みんなで、今度こそ、魔王をやっつけましょうよっ」
〔ゼルジー達は、影の城の前に立った。「木もれ日の王国」の表の世界では、リシアン女王の城がある場所である。
「さあ、暗黒の塔を目指して出発しましょう!」リシアン女王は号令を掛けた。
「見てろよ、魔王め。今度こそ、こてんぱんにしてやるっ」パルナンが息巻く。
「わたし達の本当の力を見せてやりましょうよ」ゼルジーも自信満々だ。
「今1度、奴を封じ込めてくれよう」とロファニー。
「おれ達をさんざんコケにしてくれた礼をしてやるぜ」ベリオスがそう締めくくった。
森を行き、谷を渡り、山を越えて、5人は旅をした。とは言っても、ここは影の国。どこまでも平らな土地が続いているだけである。
それでも、長い距離であることに変わりはなく、魔王の住む塔にたどり着いたときには、誰もが歩き疲れてへとへとだった。
「いよいよね」リシアン女王が言うと、
「おいら、なんだかどきどきしてきた」とパルナンが心の内を明かす。
「扉を開き、階段を上ろう」ロファニーが先頭に立ち、塔へと入っていく。大理石の間は、以前にも増して禍々しく見えた。
中央にある階段は、まるで自分達を誘うかのようにそびえている。
一同は、階段を1歩1歩踏みしめ、上っていった。足を運ぶごとに、力がみなぎってくるように感じられる。
そして、ついに魔王ロードンのいる広間へとやって来た――〕
「パルナン、ゼルジー、あんた達、いったいいつまで電話しているつもり? さっきから1時間も話してるじゃないの」セルシアの声で空想から引き戻されてしまった。
「ああ、おかあさん、もうちょっと。もうちょっとだけ」ゼルジーは必死になって頼む。
「あと15分だけ話させて。お願い」パルナンも口添いするが、
「だめったらだめよ」そう言うと、受話器を取り上げ、「もしもし、リシアン? ごめんなさいね、もう切るから。あなたのおかあさんによろしく伝えといてちょうだいな」
電話を切ってしまった。
「いいこと? 夜はもう電話を使わせないからね。用事があるんだったら、昼間になさい。わかった?」
パルナンとゼルジーは反論も許されず、とぼとぼと2階へ上がっていく。
パルナンの部屋で、ゼルジーはすすり泣いた、
「もうおしまいだわ。最後の道すら、閉ざされてしまったんだもん」
「ぼくも、もうどうしていいかわからないよ。夜の電話が禁止されてしまったら、どうやって『影の国』へ行ったらいいんだ」さすがのパルナンも、すっかりしょげかえってしまう。
「わたし、今日はパルナンと一緒に寝てもいい? 1人でなんかいられないの。きっと、寂しくってわんわん泣いてしまうに違いないわ」
「うん、かまわないよ。そうすればいい」パルナンは、優しく妹の肩を抱いてやった。ソームウッド・タウンでも、今頃はリシアンが悲しんでいることだろう。ロファニー兄さん達は、そんな彼女を慰めているはずだった。
ゼルジーはしばらくの間、くすんくすんと鼻を鳴らしていたが、やがてすやすやと眠りに落ちた。
パルナンは、自分を責めずにはいられなかった。いい案だと思ったものが、結果的にゼルジーを悲しませた。冬休みまで待てばよかったのだ、と。
そんなパルナンも、かたわらで眠るゼルジーの寝息に誘われるようにして眠ってしまった。
次にゼルジーが目を開いたとき、そこはパルナンの部屋ではなかった。薄暗く、そして冷たい大広間にいる。どこかで見た気がしていたが、やがて思い出した。
「そうだわ、ここって、魔王ロードンのいる部屋だわ!」
すぐそばには、パジャマ姿のパルナンが立っている。パルナンだけではない。リシアンもロファニーもベリオスもいた。みんな寝間着のままだ。そう言う自分を見下ろしてみれば、やはりパジャマを着ている。
「性懲りもなく、また来たな」玉座から耳障りな声が響いた。魔王ロードンだ。
「そうさ、ぼくらは今度こそお前を倒す!」負けじとロファニーが声を上げた。
「さあ、ゼルジー。これがぼく達の決戦だよ。頑張ろうな」パルナンが力づける。
「こしゃくな。ならば、我も遠慮はせぬ」魔王は、木の矢を射ってきた。間髪を入れず、ロファニーが土で壁を作る。矢は残らず壁に突き刺さった。
次に魔王は、石の槍を投げてくる。これをベリオスが鉄の楯で防いだ。
「ならば、これでどうだ」魔王の放ったのは鋼の剣だった。パルナンはすかさず火炎を出し、剣をどろどろに溶かした。
魔王の攻撃は続く。ごうごうとうねる水を一同に向かってほとばしらせる。すると、リシアンは何百本もの木を生やし、あっと言う間に水を吸い上げてしまった。
怒り狂った魔王は灼熱の火の玉を投げつけてくる。わたしの番だ、ゼルジーはそう気付き、水の塊をぶつけ、これを打ち消した。
「さあ、今だ! みんなの力を一つにするときが来た!」ロファニーの掛け声とともに、全員が手を結び、円く輪を作る。
それぞれの体から光が滲み出し、やがて輪の中心に大きな輝く玉が浮かんだ。
光の玉はゆっくりと魔王目がけて飛んでいく。
「そんな子供だましなど通用せんわ」魔王はかかかと笑い、「我の最強呪文を喰らわせてくれる。5大元素すべての力を1つにまとめた、究極の魔法をなっ!」
魔王の両手から、暗黒の玉が出現した。見る見る膨らんでいき、光の玉と同じくらいの大きさになる。
2つの玉はじわじわと近づいて、ついにぶつかり合った。その途端、暗黒の玉は霧となって消え失せてしまった。
「なんと! 我の魔法がっ!」魔王は初めて驚きの声を上げる。光の玉はなおも進み続け、とうとう魔王ロードンを包み込んでしまった。
「これがぼく達の魔法だ。お前にはなく、ぼく達にだけある力なんだ」パルナンが誇らしげに叫んだ。
「これは――これが『絆の魔法』か。確かに我にはないものだ。これまでに感じたことのないものよ。なんと心地よいのだろう。我は――我の力では勝つことがかなわぬ――負けを認めよう……」
次の瞬間、目もくらむばかりの輝きが発せられ、一同は両手で顔をおおった。