ゼルジーとリシアン
「もう、100回は読み返してるんじゃないかな」パルナンが言うと、
「そうかもしれない。すっかり覚えてしまっていて、空でも言えるのよ」
「よく飽きないね」
「ここに書かれている1文字1文字が、わたしとリシーとの唯一の繋がりなんだもん。飽きるなんてこと、決して無いわ」
そんなゼルジーが、パルナンはかわいそうでならなかった。せめて、「木もれ日の王国」の問題を解決してやりたい、そう思うのである。
学校に行っても、パルナンはそのことをずっと考えていた。あんまり熱中していたものだから、授業中もぼーっとしてしまい、先生に注意をされるほどだった。
休み時間、仲のいいレミティ・パッセルがやって来て聞く。
「どうしたんだい、パルナン。寝不足なのか?」
「ちょっと考え事をしていてさ。そのことが気になっててね」
「悩みがあるんなら、話してみろよ。相談に乗るぜ」
パルナンは、これまでのことをかいつまんで語った。この夏、ソームウッド・タウンに行っていたこと、空想ごっこで行き詰まってしまったこと、妹がこのところ元気がないこと、などを。
聞いている間、うんうんと相づちを打っていたレミティだったが、パルナンが話し終わると、
「わかるなあ、それ。おれも親戚の家に何日か行ってたんだけど、家に帰った後しばらくは、おばさんやおじさんのことが思い出されて、すっごく寂しかったんだ。向こうにいる間、自分はそこのうちの子のつもりでいた気がしてた。だから、こっちに帰るときは泣きそうになったほどなんだ。おばさんも、おれのことを抱きしめてくれて、悲しんでくれたっけ。別れるときが来て、初めて気がついたんだ。自分は、おばさんのこともおじさんのことも大好きだったんだってね」
「ぼくもそうさ。一緒にいるときは当たり前すぎて、なんとも思わなかったんだ」パルナンもうなずいた。「でも、今ならわかるよ。ロファニー兄さん達は、ぼくにとってかけがなかったことが」
「なあ、パルナン。その魔王ロードンとかに勝てなかったのって、そいつにはない何かに、お前が気付いていなかったからじゃないのかなあ。お前だけじゃないさ。ほかの4人もだよ。それぞれが、自分の魔法こそが一番だ、なんて思って戦ったせいだと思う。心を1つにして向かえば、きっと勝てるんじゃないかな」
レミティのこの言葉に、パルナンは強く感じ入るものがあった。一緒にいたときは気付かなかった気持ち。離れてみて、ようやくわかった心の繋がり。
それこそが、自分達にはあって、魔王にはないものなのだ。
「レミティ、君の言う通りだね。魔王は力はあっても、孤独なんだ。誰も信頼できる仲間がいない。でも、ぼくらにはいる。たった1つの違いだけど、とても大きな差だよね。きっと、それが魔王の弱点なんだと思うよ」
パルナンの心に、今度こそは絶対に勝てる、そんな確信が湧いてくるのだった。
とは言ったものの、「影の国」へ行けないことにはどうにもならない。
全員が同じ影に入らなければ、向こうへはたどり着けないのだ。ゼルジーはともかく、遠く離れたリシアン達と合流することなど不可能だった。
「やっぱり、冬休みまで待つしか無いのかなあ」パルナンは溜め息をつく。出来ることなら、ウィスターの森が無くなる前に魔王を倒したかった。
桜の木のうろは「木もれ日の王国」の入り口に過ぎなかったけれど、物語が締めくくられないまま森が無くなってしまったら、ゼルジーが悲しむに違いない。ソームウッド・タウンにいるリシアンが、「木もれ日の王国」に平和が戻ったことを確かめる機会が失われてしまうのだから。
いっそ、日曜日にゼルジーと一緒にソームウッド・タウンに行ってしまおうか? いや、おかあさんが認めてくれないだろうな。ついこの間まで、遊びに行っていたのだから……。
学校が終わり、友達の誘いで遊びに行っても、パルナンは「影の国」のことで頭がいっぱいだった。
草野球では、守備に回れば、飛んできたボールを何度も取り損ね、バッターになればなったで、三振してしまう始末。
「おい、パルナン。どうしたんだ、今日は。なんだかぼんやりしてるぞ」仲間にまで心配されてしまう。
結局、パルナンのチームが惨敗してしまい、中にはパルナンを非難する者までいた。
ただ、レミティだけは察してくれていて、こう言ってくれる。
「気にするなよ、パルナン。こんな日もあるって。お前、頭がいいんだ。絶対に解決する方法を思いつくさ」
この言葉に、パルナンはたいそう慰められた。
家に帰って、いつものように居間でテレビの前に座るパルナン。実のところ、番組など、ほとんど観てはいなかった。
「同じ影に入る方法かあ。そうしないと『影の国』には行けないんだ。どうしたらいいんだろう……」心の中で、まるで呪文のように繰り返しつぶやく。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「パルナン、パルナンってば!」セルシアの声で我に返る。
「なあに? おかあさん」
「何じゃないわよ、さっきから呼んでいるのに。もうそろそろ夕飯の時間だから、ゼルジーを呼んできてちょうだい」
パルナンはソファから立ち上がると、と2階へ上がっていった。
「ゼルジー、ご飯だから下りておいで」部屋の外から呼びかける。けれど、返事がない。「入るよ、ゼルジー」
ドアを開けると、ゼルジーは窓辺に頬杖をついて空を眺めているところだった。
「ねえ、パルナン。リシーも、今頃はあの星達を見ているのかしら」ゼルジーは振り返りもせず、話しかけてくる。
「そうかもしれないね」パルナンはかたわらに立ち、そう言った。
「だったら素敵ね。わたし達、今こうして、同じ空で繋がっているんだわ。どんなに離れていたって、見ている星に違いはないもの。あの子も、わたしのことを想っていてくれるかなぁ」
「そうさ、リシアンだって同じことを考えているよ。だって、お前達、とっても中がよかったじゃないか」パルナンはふと、学校でレミティと話したことを思い起こす。「離れて初めて気がつくことがあるんだって、ぼく、ようやくわかったんだ。お互いを思う気持ちだよ。ゼルジーだってそうだろう?」
「そうね、本当にそうね。こんなに恋しくてたまらないんだもの。そばにいたときは、どうしてそのことがわからなかったのかしら」ゼルジーはうなずいた。
「魔王にはそれがないんだ。あいつは独りぼっちだからね。それがぼくらの強みさ。今度出会ったら、必ず勝てるよ」
「でも、それには『影の国』へ行かなくちゃならないんだわ。でも、そんなの無理。同じ影を、みんなで一緒に踏まなくちゃならないんだもん」
「それなんだよなあ」パルナンは肩を落とす。「休みの日にソームウッド・タウンへ行けたらいいんだけど、おかあさんはだめだって言うだろうし、ほかに思いつかないよ」
「もしも羽が生えて、この夜の闇の中を飛んでいたけらいいのに」とゼルジー。
「夜の闇の中か……」そうつぶやいて、パルナンははっとした。「ゼルジー! それだよ、それが『影の国』へ行く唯一の方法だよっ!」
ゼルジーはびっくりして、パルナンを見つめる。
「どんな方法?」