ゼルジーとリシアン
「そうだなあ。ぼくらには、まだ何かが足りない気がするんだ。うまく言えないけれど、魔王にはないものが、ぼくらにはある。それさえわかれば、すっかりうまく行くと思うんだ」
「魔王には5大元素の魔法があるわ。それは、わたし達も持っているから、この点は互角よね」とリシアン。
「魔王は1人、ぼく達は5人。ここが違うんだね。ヒントがあるとすれば、それなんだけど」パルナンは考え巡らせた。
「でも、人数が多い分、わたし達のほうが有利なはずなのに、そうはならなかったわ」ゼルジーが思い出させる。
「そこだよね、不思議なのは」ロファニーはうなずいた。
「頭数は関係ないのかもな」ベリオスが慎重に言った。「1人対5人だとしても、魔法の属性としては同格なんだろ? その上にきて、あいつは『長い眠り』とやらで、さらに力を付けちまった。力比べじゃ、もうかないっこないんだ」
「そうなると、やっぱり……」リシアンは言葉を濁す。
「ルールの変更しかないのかしら」ゼルジーがリシアンの後を継いだ。
半時ばかり話し合っていた5人だったが、妙案が浮かばなかったので、この件はいったんお開きとなった。
ロファニーがパルナンに、カブトムシのいい穴場があると教えると、すっかりその気になって、ベリオスと一緒に森へ出かけていった。
ロファニーとベリオスは、森のことなら隅々まで知っていた。山の方まで足を伸ばせば、里では滅多に見られない珍しい昆虫がいるぞ、と聞かされ、このところご無沙汰だった虫採りに胸をときめかせるのだった。
一方、ゼルジーとリシアンは、何かほかの空想ごっこをしようと試みるものの、「木もれ日の王国」のことで頭がいっぱいだったため、どれもうまくいかずにいた。
仕方なく、庭に咲いている花を見て回るが、それにも飽きてしまうと、夕飯に使うサヤエンドウの皮むきを手伝うことにした。
「わたし、自慢にもなんにもならないけど、家事の手伝いをしたことってなかったの」ゼルジーは、サヤエンドウを1つずつ丁寧にむきながら言った。
「わたしは暇なときによくやるわ。ここって田舎でしょ? だから、畑で野菜を拾ってきたり、ときどきはジャガイモの皮むきだってすることがあるんだから」
「ああ、これってなかなか皮が剥けないわ」
「いい? ゼル。最初に筋を取ってしまうの。そうすればあとが楽だから」リシアンは器用に筋を取ると、するっと豆を取り出して見せた。
「なかなか面白いわ。退屈しのぎにはうってつけよね。でも、ロンダー・パステルじゃ、初めっからさやをとってある豆ばっかり売っているのよ」
「あんた、向こうじゃ休みの日はどうやって過ごしてるの?」リシアンが聞いた。
「図書館に行って本を読んだり、友達の家で遊んだりすることが多いわ」
「外ではあんまり遊ばないのね」
「あら、公園なら行くわ。でも、それ以外だと確かに家の中ばかりね。だって、ほかに遊ぶ場所がないんですもの」ゼルジーはふうっと溜め息をつく。
「こっちじゃ、図書館にしたって友達の家にしたって、みんな町の方だから、おとうさんにクルマを出してもらわないとだめだわ。ほんとのことを言うと、あんたがちょっとうらやましいの」リシアンは白状した。
「わたしのほうこそ、あなたがうらやましいわ」ゼルジーはびっくりしたように言う。「木や花がこんなにたくさんあって、1日中走り回ることが出来るんですもの。クルマもほとんどないから、事故に気をつけろってうるさく言われないですむし」
サヤエンドウをすっかりむき終わってしまうと、クレイアがトウモロコシを焼いてくれた。
「男の子達はまだ戻ってこないの?」
「うん、今頃は森の中で虫取り網を振り回している頃だと思う」トウモロコシを囓りながら、リシアンは答えた。
「パルナンったら、大喜びでついてったわね。こっちへ来てこのかた、大きなカブトムシを見つけるんだ、って夢中になっていたもの」ゼルジーは、まるで年の離れた弟でもあるかのように笑う。
「お昼にはちゃんと帰ってくればいいんだけど」クレイアは窓の外を眺めた。目を凝らせば、子供達が見えるかのように。
「大丈夫よ、お母さん。ロファニー兄さんが一緒なんだもん」
「うんうん、大人だものね、ロファニー兄さんって」ゼルジーはうなずくのだった。
リシアンの言った通り、昼少し前にパルナン達は戻ってきた。虫かごは、カブトムシやクワガタムシで真っ黒に見えるほどだった。
「見てっ、ゼルジー。ほら、こんなにいっぱい採れたよ。しかも、どれもでっかい奴ばっかり!」パルナンは虫かごを差し出しながらうれしそうに言う。
かごの中では虫たちがぎちぎちと音を立ててひしめき合っていた。
「すごいけど、お願いよ、パルナン。それを部屋に放したりしないでね。髪の毛に付いたら飛び上がっちゃうに決まってるもの」
「捕まえてこなかったけど、こんなでけえカマキリもいたんだぜ」ベリオスは両手を広げた。どう見ても30センチは超えていたが、ゼルジーは本気にした。もちろん、リシアンにはそれが大げさだとわかっていたけれど。
「お昼までに戻ってくれて助かったわ。食事はいちどきじゃないと、後片付けが面倒だからねえ」クレイアは昼ご飯の支度に取りかかる。
リシアンがテーブルに着くと、隣に座っていたロファニーがそっと耳打ちをした。
「ねえ、リシアン。虫採りの間、ずっと考えていたんだけど、ルールの変更はしなくてもいいんじゃないかな。なんとなくだけど、ぼくらに足りいないものが何か、わかったような気がするんだ。あとはそれを見つけ出すだけでいい。なあに、それほど難しいことじゃない。きっと、うまく行くよ」
18.夏休みの終わり
気がつけば、明日で夏休みも終わり。子供達にとって、長いようで短い日々だった。
パルナンは、朝から虫かごをぶら下げて森へ出かけようとしていた。
「あら、パルナン」ゼルジーは声をかける。「その虫かご、いっぱいじゃない。空のはなかったの?」
「虫かごなら、いくつもあったよ。でも、これを持っていくんだ」
「でも、それじゃいくらも採れないじゃない。なんで、それを持っていくわけ?」
「採りに行くんじゃないよ。逃がしに行くんだ」パルナンは言った。
「まあっ、どうして? せっかく捕まえたのに。それに、あんなに喜んでいたじゃない」ゼルジーは驚いた。
「ぼく達、明日帰らなくちゃならないだろ? よくよく考えたんだけど、ロンダー・パステルへ連れて行っても、カブトムシ達にとって、あんまりうれしくないんじゃないかって思ったんだ」
ゼルジーは、パルナンが急に大人になったような気がした。夏休みの間に、なんて成長してしまったんだろう!
「明日で夏休みも終わりなのね。そして、ここでの楽しかった暮らしともお別れなんだわ」ゼルジーはふいに、言いようのない寂しさを覚えた。
パルナンを見送ったあと、ふらりと庭に出て、花壇のそばにしゃがみ込む。初めてソームウッド・タウンへやって来たとき、真っ先に眺めたのが、この花々だった。
垣根の向こうから、リシアンが現れる。
「ゼル、あんたって本当に花が好きなのね」
ゼルジーは立ち上がり、懐かしそうにリシアンを見た。