ゼルジーとリシアン
「いよいよなのね」リシアンは、ぎゅっと拳を作る。
「塔が大きく見えてきたわ。感じの悪い建物ね」ゼルジーがぶるっと肩を振るわせた。
「あいつ、おいら達が来ているってことに気付いてっかな」パルナンは、誰ともなしに聞く。
「ああ、とっくにお見通しだろうな」ロファニーが答えた。「奴は、この国のことなら、小石の影1つ見落とさないのだ」
山は相当な高さと見え、落とす影も延々続く。けれど、一同に覆い被さっているわけではないので、互いの姿は日なたにいるときのように、はっきりと見定められた。
「まるで、地面に墨でもこぼしたみたいね」そうリシアン女王が例える。
「墨だったら、今頃は足の裏が真っ黒だぜ」パルナンは言い返しながらも、念のため、自分の足の裏を確かめた。土くれ1つ、付いてはいなかった。
ロファニー達は、休むことなく歩き続けた。もし本来の「木もれ日の王国」であったなら、草木をかき分け、岩をよじ登り、山を越えなくてはならなかったであろう。
けれども、ここは影の世界。平らな地面が続くばかり。さほどの苦労もなかった。
やがて、目の前に暗黒の塔がそびえ立つ。
「さあ、気を引き締めて臨もう!」ロファニーが鼓舞する。
「待っていろよ、ロードン。かつてのように、おれ達がまた封印してやる」ベリオスは声に出した。
ぽっかりと空いた暗い入り口を、それぞれが胸に強い決意のもと、入っていった。
中は黒曜石の間になっていて、明かり取りから白い光が差し込んでいた。十分に明るいはずなのに、ひどく陰鬱な空気が漂っている。
「中央に階段があるわ。魔王はきっと、最上階にいるのね」ゼルジーが言うと、ロファニーはうなずいた。
「我らが来るのを、今や遅しと待っているのだろう。小ばかにされたものだ」
「兄貴、油断はならねえぜ。なんてったって、昔も手こずった相手だからな」
「うむ、わかってる。全力で立ち向かおう。そして、今度こそは永遠にその汚れた力を封ずるのだ」
螺旋階段をもくもくと上がっていくと、ついに最上階へとたどり着いた。広間の奧には玉座が置かれ、足を組んで座る黒ずくめの人物の姿があった。
魔王ロードンだ。
「久しいのう、ロファニー、それにベリオス。かつて我を封印せしめた五大元素魔法使いの生き残り達よ。だが、我はそなた達を恨んではおらん。むしろ、感謝すらしておる。長きにわたる休息で、我は以前にも増して力を蓄えることが出来たのだからな」
「ぬかせ、ロードン。今1度、お前を倒してやるぜ」ベリオスが意気込む。
「わたし達、5人揃ったのよ。この間みたいには行かないわ」ゼルジーも声を上げた。
「あなたを封印して、『木もれ日の王国』に元の美しさを取り戻すわ!」リシアン女王が決心を口にする。
「おいらがてめえを目覚めさせちまったんだ。自分で撒いた種は、おいらが刈り取るぜっ」
魔王はくっくっと笑った。
「ならば、まずこの我を玉座から立たせて見せよ。お前達にそれが出来るならばな」
「いいか、みんな。一斉に攻撃魔法を喰らわすのだ。いかに奴とて、同時に魔法を防ぐことは出来ん」ロファニーが指示をする。
全員がうなずくと、ロファニーは叫んだ。「行くぞっ!」
パルナンが火炎の玉を投げつけ、リシアンが木の矢を飛ばす。ゼルジーが水の竜巻を起こし、ベリオスが鋼鉄の槍を投げる。ロファニーは巨大な岩を出現させ、それを投げ飛ばす。
すべては一瞬の動作だった。誰もが勝利を確信した。
ところが、どの魔法も玉座に触れるか否かというところで、霧となって消えてしまった。
「同じ手は2度と食わぬわ」魔王ロードンは身じろぎもせず言い放つ。「言ったはずだ。長き眠りについた我は、より強い力を手にしたのだ。お前達の子供だましな魔法ごとき、指1本とて動かすまでもない」
「ばかなっ!」ロファニーは驚愕した。その思いは、ゼルジー達も同様だった。
「だがな、我は公平に事を運ぼうと思う。出直してくるがいい。お前達にもうひとたび、機会をくれてやろう」〕
「わたし達、負けちゃった!」木陰から日なたへと出たリシアンが、呆然としながら言う。
「これ、どういうこと?」ゼルジーも合点がいかなかった。
「ぼく達、ちゃんと5人揃ったのに」とパルナン。
「おいおい、話が違うじゃんか。ここは勝つ場面だろ?」ベリオスが文句を言う。
「ともかく、もう1度みんなで考えようよ」ロファニーだけが落ち着いていた。「今はまだ、そのときじゃなかったんだ。でも、きっと解決方法はあるはずだ。それを見つけるんだ」
17.ルールに変更なし
ゼルジー達は、ニレの木の下に集まって座っていた。セミの鳴き声が次第にやかましくなり、じわじわと暑さが増していく、そんな朝食の後だった。
「わたし達、どうして勝てなかったんだろう?」ゼルジーがぽつりと洩らす。
「ロファニー兄さん、言ったよね。魔王ロードンは、1度にすべての種類の魔法なんか、防げないって。でも、ぼくらは、同時に魔法を放ったのにさ」パルナンはロファニーを見た。
黙ったままのロファニーに代わって、ベリオスが答える。
「きっと、おれ達の魔法が弱かったんだ。最強の魔法を唱えるべきだった。まあ、おれは持てる力をすべて出したつもりだけどな」
「あら、わたしだって一番強い魔法だったわ」こう反論したのはリシアンである。ゼルジーとパルナンも、うんうんとうなずく。どうやら、手加減をした者など、誰もいないらしい。
「タイミングがずれたのかも」とパルナン。「魔法を投げかけるとき、同時じゃなかったんじゃないかなあ。魔王はきっと、その隙を捉えて、反発する呪文でかわしたんだ」
「あれ以上は、ぴったり合わせられないわ。ロファニー兄さんの掛け声で、いっせいにやったんですもの」今度はゼルジーが異を唱える。
「魔法が弱いわけでもなく、タイミングも合っていたとなると、やっぱ考えられるのは、単純に魔王ロードンが強すぎたってことだな。奴も言ってたじゃねえか。眠っている間に力を付けたって」ベリオスが結論を出した。
「なら、簡単じゃない」リシアンが、わかったと言うように顔を向ける。「わたし達も、強くなればいいだけのことだわ。相手が5大元素なら、こっちは新しい魔法を使えるようになるとか」
「だめだよ、リシアン。それじゃ、ルール違反になっちゃう」パルナンがすかさず指摘した。
「そうね、最初に取り決めしたんだったわ。わたし達、自分の持っている属性でしか魔法は使えないのよ」ゼルジーもがっかりしたように言う。
「でもよ、それじゃどうあっても魔王にゃ勝てねえぞ。この際、ルールを変えるしかないな」ベリオスはそう断言した。
「ルールを変える……かぁ」リシアンは梢を見上げる。きらきらと日の光が輝いていた。
「ベリオス兄さんの言う通りかも知れない。ねえ、リシー、パルナン。物語がすっかり行き詰まってしまったんですもの、ルールの変更を考えてみない?」
「もう、それしかないのかなあ」パルナンもあきらめたように溜め息をつく。「ロファニー兄さんはどう思う?」
あぐらをかいて頬杖をついていたロファニーは、つぶっていた目を久しぶりに開いた。