ゼルジーとリシアン
「獲ったぞっ! 見ろ、こんなでっかいウグイ、初めてだ」
その日の戦果は、小魚10匹、アユが5匹、イワナが3匹に、そして40センチ近くもあるウグイ1匹という、華々しいものだった。
持ってきていたバケツの中で、ぎゅうぎゅうになって泳ぎ回っている。
「小魚はフライにするとして、アユとイワナは焼き魚かムニエルだな」ロファニーが言った。
「大きい魚はどうするの?」パルナンが聞いた。
「めったに捕れないからなあ、食べちまうのは惜しいかも」ベリオスはバケツの中のウグイを見つめる。
「だったら、庭の池に放したら?」こう提案したのはリシアンだった。
「そうよ、この魚、きっと川の主なんだわ。食べてしまうなんてかわいそうだもの」ゼルジーも同意する。
ベリオスはうんうんとうなずいて、この意見に従うことにした。
5人が家に戻ったのは、ちょうど昼時だった。ぷーんとシチューの煮える匂いがし、誰もが空腹だったことを思い出す。
ベリオスが魚の入ったバケツをクレイアに差し出すと、
「まあ、ずいぶん捕れたのね。夜は、さっそくこのお魚で料理を作るわね」と喜んだ。
着替えを済まし、ぞろぞろと今に降りてくる子供達。そのテーブルには、もう皿が並べてある。ジャガイモと牛肉のたっぷり入ったシチュー、それと、朝に焼いたばかりのパンも置かれる。
「思いっきり遊んだから、わたしお腹ぺこぺこ」リシアンが言った。
「水遊びなんてプールでしかしたことがなかったから、とっても楽しかったわ。でも、けっこう運動になったのね。わたしも、お腹がすいて死にそう」ゼルジーもシチューを見下ろしながら答える。
「死なれちゃ困るわね。さあさあ、食べてちょうだいな」クレイアが笑いながら言い、一同はスプーンを手に取るのだった。
すっかり満腹になったゼルジー達は、庭で一番背の高いニレの木の陰で休んでいた。
「面白かったわね、魚獲り」ゼルジーが誰にともなく話しかける。
「うん、ぼく、ロンダー・パステルに戻っても、絶対に忘れないな」パルナンは夢見るような声で言った。
「そっかあ、夏休みが終わったら、2人とも帰っちゃうんだったっけ」思い出したようにリシアンが洩らす。
「それまでに、『木もれ日の王国』に平和を取り戻さなくちゃならないんだったね」ロファニーがそう言うと、誰もが例の問題を頭に浮かべ、しんとなった。
「『影の国』かあ。どこにあるのかしら。そして、どうやって行ったらいいんだろう」リシアンは梢に顔を向ける。そこに、この答えが潜んでいやしないかとでもいうように。
「魔王は闇の支配者だからね、確かに『影の国』ってぴったりだとは思うんだけど、やっかいな展開になっちゃったなあ」パルナンは頭を掻いた。
「影なんて、どこにでもあるのにな」ベリオスが言う。「ほら、例えばこの木陰だってそうだろ? おれ達、今まさに影の中にいるんだ」
その言葉に、パルナンは思わず立ち上がった。
「そうかっ、そうだったんだ!」みんなの方に向くと、目を輝かせながら話し出す。「ぼく達、難しく考えすぎていたんだ。『影の国』って、つまり影そのものの中にあるんだよ。全員が同じ影に入っているとき、その世界へ行けるんだ」
「それってつまり、ここのこと?」ゼルジーが尋ねた。
「そうさ。ぼく達、今この瞬間にも『影の国』へ行けるんだ」
なるほど、と一同がうなずく。
「そこに魔王ロードンがいるんなら、すぐにでも探しに行けるってわけか」ベリオスは納得した。
「だったら、すぐにでも行きましょうよ『影の国』へ」ゼルジーが急く。
「『木もれ日の国』と同じように、いったん日向に出て、それから木陰に入りましょう。そのほうが雰囲気出るわ」リシアンも立ち上がった。
5人はかあっと照りつける日差しの元に立つと、リシアン、ゼルジー、パルナン、ベリオス、ロファニーの順に、ニレの木陰の中へと入っていった。
そこは、紛れもなく「影の国」だった。
16.影の国
〔「ここが『影の国』なのね」ゼルジーは不安そうに辺りを見回した。
そこは色のない世界だった。真っ白な空の下、これまた白い大地がどこまでも平坦に広がっている。遮るものなど何もなく、ただ影ばかりがゆらゆらとうごめいていた。
「『木もれ日の王国』の裏側なのだ」金のローブの男、ロファニーが言う。「よくごらん。森も城も、すべてが影となって染みついているだろう?」
確かに、見覚えのある景色だった。城や立ち上る噴水、庭に立つ木立、どれもが午後の日差しを受けて伸びる、「木もれ日の王国」の影そのものである。
ただ、そこには影の主たるものが、何1つないのだ。
「薄気味悪いわ」リシアン女王は両腕を組む。
「真っ暗闇じゃないだけよかったぜ」そう強がってみせるのはパルナンだった。「おいら、てっきり暗黒の世界だとばかり思っていたんだ。手探りで歩き回るなんて、まっぴらだもんな」
「唯一、向こうにはないものがあるんだぜ」銀のローブの男、ベリオスが付け足す。
「それはなんですか?」ゼルジーは聞いた。
「ほら、遙か向こうに見えるだろう、先のとんがった黒い塔が。あれこそが、魔王ロードンの住む城だ。そこだけは影でもなんでもない、本物さ」
「あそこに魔王がいやがんのか……」パルナンは、ごくっと唾を飲み込んだ。
ゼルジーとリシアンも、きっと見据える。暗黒の塔、そこが自分達の最終決戦場となるのだ。
「では、まいろうか」ロファニーが歩き出す。ベリオスがかたわらに並び、その後からゼルジー達が着いていく。しんとした静寂の中、ただ足音ばかりが大きく響く。
暗黒の塔は、行けども行けども同じ大きさに見えた。近づこうと1歩踏み出すたび、足元の地面だけが反対方向に動いているのではないか、そんな気さえした。
「わたし達、本当にあそこまで行けるのかしら?」ゼルジーが洩らす。
「ちゃんと進んでるのは間違いねえよ」そう答えたのはパルナンだ。「おいら、この木もれ日には見覚えがあるんだ。ここは、『木もれ日の王国』の西の森さ。自分の住んでた森だもん、ちゃあんとわかってら」
「西に向かって進んでいたのね。地面は真ったいらだし、影ばっかりだから、方角がさっぱりわからなかったわ」リシアン女王は、ほっとしたように言う。
影の森を抜けると、草原と思しき場所へ出た。地面には、草花の影がちらちらと揺れている。
「影とは言え、森を出ると、なんだか安心するわね」とゼルジー。
「どこもかしこも、厚みのない影だけの世界。奇妙だわ。今までに訪れた中で、一番風変わりよね」リシアン女王は、思い浮かぶ限りの国を頭の中で比べた。
草と花の影が次第にまばらとなっていき、あちらこちらに大きな影が斑点のように見え始める。
「ここって、たぶん岩場なんだわ。もし『木もれ日の王国』を旅することになったとしたら、難所でしょうね」ゼルジーは、ふうっと溜め息をつく。この時ばかりは、「影の国」だということに感謝するのだった。
岩の影はだんだんと増えていき、しまいにはすっかり真っ黒になってしまった。
「ここは山の影だ。我らは今、山を越えようとしている」ロファニーが言う。
「山を越えた向こうに、暗黒の塔があるんだ」ベリオスが後を継いだ。