ゼルジーとリシアン
「それはぜひ、読んでみたいものだね」本を読むのが好きなロファニーは、すぐに興味を示す。
そこでリシアンは、自分の部屋に取って返し、「木もれ日の王国物語」と書かれたノートを持って降りてきた。
「これよ。本当にたくさんの冒険をしてきたんだから」
ロファニーはノートを受け取ると、もくもくと読み始める。ときどき、ふんふんとかほお、などとうなずきながら。
「さあ、そろそろお昼にするわよ」クレイアがオーブンから、まるまると太ったチキンを取り出すと、辺りはたちまち、こんがりと焼けた香ばしい匂いでいっぱいになった。
「今日は全員揃ったからな。楽しい食事になりそうだ」ダレンスも新聞を畳むと、テーブルに向き直る。
「なあ、ロファニー。先に飯を食っちまおうぜ。おれ、腹ぺこぺこなんだ」読むのに夢中なロファニーに、ベリオスが声をかけた。
「うん……あと、ちょっとで読み終わるから」それでもロファニーはノートから目を離さない。
クレイアは仕方ないわね、という顔をしながらも、チキンを切り分けて、ロファニーの前に置いた。
「お兄ちゃん、早く食べないと、わたしがもらっちゃうからね」リシアンに言われ、ようやくノートを置くのだった。
食事中は、サマー・キャンプのことで話が弾み、ずいぶんと賑やかなものとなった。
同じ班の仲間が川に落ちて、危うく溺れかけたこと、色も鮮やかな珍しい小鳥を見かけたこと、そのどれもが夏の思い出を印象深くした。
「ベリオスときたらね、父さん。同級生の女の子についに告白したんだ」ロファニーが報告する。
「言うなって、兄貴。その場で振られちまったんだ。思い出したくもないよ」ベリオスはフォークに刺したチキンを、ぱくっと口に放り込んだ。
「なんであれ、事故もなく、無事にキャンプが終わってほっとしたよ」ダレンスがそう締めくくる。
「ロファニーはともかく、ベリオスは無茶をするからねえ」クレイアも同調してうなずくのだった。
昼ご飯が終わると、ロファニーは再び、リシアンのノートを取り上げた。すっかり読んでしまうと、
「おい、ベリオス。お前も読んでみろよ。いつも読んでいるマンガなんかより、よっぽど面白いぞ」と勧めた。
「おれはいいよ。字ばっかじゃ、眠くなっちまう」
「だったら、わたしが話して聞かせてあげる」リシアンが申し出る。聞く分には面倒がないと思ったベリオスは、
「じゃあ、話してみ」と承諾するのだった。
リシアンは話し始めた。ところどころで、ゼルジーやパルナンの口添えを交えながら。
「で、そのあとはどうなるんだ?」ベリオスは知らず知らずのうちに、この物語に惹きつけられていた。「『影の国』へ行くんだろ? それはどこにあるんだい」
リシアン、ゼルジー、パルナンは言葉に詰まってしまった。
「それが、ぼくらにもまだわからないんだ」パルナンが答える。
「ぼくも協力できないかな」そう言い出したのはロファニーだった。「君達は5人いるうちの3人の魔法使いなんだろう? ぼくもその1人として冒険がしたくなったよ」
するとベリオスがすかさず、
「じゃあ、おれもやる。ほら、これで5人の魔法使いが全員揃うじゃねえか」
パルナンははっとした。
「そうかっ、金と銀の魔法使い、誰かに似ているとずっと思ってたんだ。ロファニー兄さんとベリオス兄さんこそ、伝説の魔法使いだったんだ!」
15.川遊び
「そうか、そんなことになっていたんだね」ロファニーはリシアンから、ウィスターの森がなくなるという話を聞いて重々しくうなずいた。「この辺りにも道路ができると、きっと賑やかになるだろうね。静かな雰囲気が好きだったんだがなあ」
「おれは、ちっとぐらい騒がしいほうがいいな。それに、店が色々できて便利になるじゃねえか」こう言って歓迎するのはベリオスだった。町へ出るにも、父のクルマで送っていってもらわなければならないことに、以前から不満だったのだ。
「でも、あの桜の木を切られてしまうのは悲しいわ」ゼルジーはふうっと、溜め息をついた。
「うん、春にはきっと、花がきれいに咲くそうだしね」パルナンも残念そうに言葉を継いだ。
「まあ、しょうがねえさ。1人息子のブレアスさんが都会に行っちまって、ウィスターさんも独りっきりなんだ。この際、一緒に暮らすのがいいってなもんさ」ベリオスは言った。
「そうかもしれないわね。この前、ウィスターさんのところにクッキーを持っていったけど、なんだか寂しそうだったもん」とリシアン。
「ともかく、森が立ち入り禁止になる前に、『木もれ日の王国』に光を取り戻したいね」パルナンがみんなに思い出させる。
「でも、『影の国』へはどうやって行けばいいのかしら」リシアンのこの問いに、誰も答えることができなかった。
ベリオスはふいに、こう言い出す。
「まあ、すぐに思いつかないなら、考えたって仕方ない。どうだい、気晴らしに川へ魚獲りにでも行かないか?」
「ああ、いいな。日も高くなり、暑くなってきたしね。ついでに、水浴びでもしてこようか」ロファニーは賛成した。
ゼルジー達も同意し、全員、水着に着替えて杉林へと向かう。林を越えたところに、川が流れているのだ。
「わたし達、前にここで空想ごっこをしたわね」ゼルジーが懐かしそうに言った。ついこの間のことなのに、なんだか昔のことのような気がした。
「ええ、大冒険だったっけ。こーんな大きな魚が襲ってきたんですもの」リシアンは、両手をいっぱいに広げて説明する。
「こんな浅い川に、そんなのいっこないよ」パルナンが言い返した。
「いや、案外大きな魚がいるかも知れないよ、パルナン」ロファニーはそれとなく、リシアンの肩を持つ。
「よーし、おれがそいつをとっ捕まえてやる」ベリオスはジャブジャブと川の中へと入っていった。
ロファニーとベリオス、それにパルナンは、夢中になって魚を探し求めた。それらしい影を見ると、ベリオスがすかさず網を振るう。
「今の時期、アユやイワナが多いんだ。塩焼きにしたり、ムニエルにすると旨いんだぜ」
「へえー、川魚なんてぼく、まだ食べたことないや」パルナンは言った。
「獲ったら、かあさんにさばいてもらおうよ。新鮮だから、味がしまっているぞ」ロファニーも網を構えながら、川面に目を凝らす。
一方、ゼルジーとリシアンは、浅瀬で水遊びをしていた。滑らかな岩の上に寝そべってみたり、互いに水をかけ合ったりと、いつかのはらはらした空想など、とっくに忘れて楽しんでいる。
そのとき、ゼルジーの目に1匹の魚が飛び込んできた。
「あらっ、大きな魚! 今、そこを通っていったわ」
「あれって、もしかして、前にわたし達が見たやつからしら」リシアンが記憶をたぐる。
ゼルジー達の声を聞いて、男の子達が集まってきた。
「どこ? おれに任せとけ。すぐに捕まえるぞっ」ベリオスは目の色を変えて辺りを探す。
ぱしゃっと水が跳ね、銀色に輝く魚が姿を見せた。
「ウグイだね。かなり大きいよ」ロファニーも、きっと口元を引き締める。
「ベリオス兄さん、そっち、そっちへ行ったよ」パルナンが叫ぶ。
川の中を裸足で駆けるベリオス。はたと足を止めると、息を殺して網を振り下ろした。