ゼルジーとリシアン
「まあっ、パルナン」リシアン女王は顔を赤くして怒る。「確かにあんたには恩があるわね。だからといって、勝手に城の中へ入っていいってことにはならないわ」
パルナンはまた鼻を鳴らす。
「ふん、誰も恩着せがましいことなんか言わないさ。それよか、まだどこの国へ行くか決めてないんだろ? だったら、いいところを教えてやるよ。そこには、すげえ秘密が隠されているんだ。知りたかないか?」
「どこよ、それって?」ゼルジーが聞いた。
「13番目の扉の向こうさ」とパルナン。ゼルジーもリシアン女王も、顔をしかめる。
「だって、あれは禁断の扉だわ」リシアン女王は恐ろしそうに言った。
「そうよ、今まで誰も開けたことがないのよ」
「なぜ、禁断の扉になっているのかわかるか? それはだな、国中の金銀財宝が眠っているからなのさ」パルナンは確固たる自信に満ちた顔で答えた。
「そんな話、初めて聞くわ。ゼルジー、あなたは知ってた?」
「いいえ、女王様。わたしも今、初めて知りました」ゼルジーは首を振った。
「どうだい、ちょっくら覗いてみないか? 宝を見つけたら、ほんのちょっとでいい、おいらにもくれよ」
ゼルジーとリシアン女王は、どうしようかというように顔を見合わせる。
「あんたには借りがあるんだわね。本当に宝物があるのだとしたら、好きなだけ持っていっていいわ」リシアン女王は折れた。
「陛下、あそこには何があるかわかりませんよ。パルナンの言うことに耳を貸してはいけません」ゼルジーはそう忠告する。けれど、リシアン女王は、
「大丈夫よ、ゼルジー。危ないとわかったら、すぐに扉を閉めてしまえば済むことですもの」と、取り合わなかった。後になって、悔やむことになるとも知らずに。
女王の命令とあれば、ゼルジーも従うよりなかった。
3人は「扉の間」へ出向き、13番目の扉の前に立つ。
「陛下、本当に開けてよろしいんですね?」ゼルジーは改めて念を押した。
「ええ、開けてちょうだい」
ゼルジーは、首から下げた黄金の鍵を外すと、その鍵穴に差し込んだ。
「お宝が、たんとあるに違いねえ」パルナンは両手をこすりながら、ほくそ笑む。
全員が見守る中、ゼルジーは恐る恐る扉を開いた。
そこは岩ばかりの荒れ地だった。地平線の彼方まで続いている。
「まあ、これが財宝だというの?!」リシアン女王は、呆れた声を出した。
「そんなはずはないっ」パルナンは、荒涼とした大地に踏み出す。「どこかにあるんだ。岩の陰とか、それとも地面の下かもしれない」
ゼルジーとリシアン女王もあとに続いて辺りを見回したが、果てしなく岩地ばかりが広がっているばかりだった。
「こんなことだろうと思ったわ」リシアン女王は溜め息交じりに言う。
「でも、何事もなくてよかったですわ」いっぽうのゼルジーは、ほっと胸をなで下ろすのだった。
「ちきしょー、西の森のフクロウのやつ、おいらにデタラメを吹き込みやがった。あいつがそう言ったんだ、『禁断の扉』の向こうには、まばゆいばかりのお宝があるって」パルナンは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「パルナン、約束通り、そこらにごろごろしている岩を、好きなだけ持っていっていいわよ」リシアン女王は、皮肉たっぷりにそう言った。
パルナンはリシアン女王を睨み付けたあと、ちっと口を鳴らして小石を蹴っ飛ばした。
そのときだった。不気味な黒い雲が湧き、空がにわかに暗くなる。
雷鳴が響き渡ったかと思うと、どす黒い霧が舞い降りてきて、たちまち人の姿となった。
「おい、なんかやばそうだぞっ」とパルナン。
「そうね、あんたの言う通りかも」リシアン女王も同意する。
「はやく、扉の外に出ましょう。急いで鍵をかけなくっちゃ」ゼルジーが言い、みんなはいっせいに扉へ向かって走り出した。
「もう遅いわっ」黒い人物がそう怒鳴った。「我こそは魔王ロードンである。お前達、よくぞ封印を解いてくれた!」
地の底から轟くような、恐ろしい声だった。
「聞いたことがあるぞ」パルナンはささやいた。「あいつは、大昔、『木もれ日の王国』を暗闇の世界に変えた大魔法使いだ」
「なんてこと!」リシアン女王は叫んだ。
「ああ、大変なことになってしまったわ。やはり、『禁断の扉』を開けてはならなかったのよ」
ここでパルナンは思いがけない行動に出た。魔王を前にし、大見得を切ったのだ。
「目覚めたばかりのお前なんか、このおいらの火の魔法でいちころさ!」そう言うと、指をパチンと鳴らす。
魔王ロードン目がけて、火炎が飛んでいく。けれど、その体に触れるか否かのところで、水の壁が出現し、瞬く間に炎を消し去ってしまった。
「わたしがやるわ」リシアン女王は、木の呪文を唱えた。何十本もの若木が辺りに生えだし、水を吸い取ろうと根を伸ばす。
けれど、魔王はそれらの木を1本残らず焼き尽くしてしまった。彼は火の魔法も使えるらしい。
「火には水だわ」ゼルジーは杖を振るう。水の竜巻が魔王を包み込み、決着がついたかに見えた。
ところが、その竜巻がみるみる弱まっていくではないか。なんと、魔王の周辺に大木が立ち並び、どんどん水を吸い取っているのだ。
「とんでもない奴だぞ、あいつ」パルナンは唇を噛んだ。
「わたし達のどの魔法も効かないわっ」リシアン女王も、ここに至って、初めて魔王ロードンの恐ろしさに気付いた。
「我は、再び『木もれ日の王国』に闇をもたらそう。すべての国を手中におさめようぞっ」魔王は声高に言い、再び黒い霧となって、扉の外へ出て行った。
「わたし達の国はもう、おしまいだわ」リシアン女王は絶望にうちひしがれた。ゼルジーもパルナンも、まったく同じ気持ちだった。〕
桜の木のうろから出て、まずゼルジーが文句を言った。
「どうするのよ、パルナン。あんな強敵なんか呼び出したりして」
「でも、勝つ方法はあるのよね? そうなんでしょ、パルナン」
けれど、パルナンは困惑しきった様子で答えるのだった。
「成り行きでああなっちゃったんだ。どうしたらいいのか、ぼくにだってわからないよ」
11.不吉な兆し
リシアンは、居間で父と母が話をしているのをたまたま聞いてしまった。
「ウィスターさんは、いよいよ土地を手放すようだね、クレイア」
「ええ、そうなのよ。こっちまで道路が来るらしく、市に売ってしまうことに決めたんですって」
「あの森も、すっかり無くなってしまうわけだね。この辺りも、たくさんの店ができて、賑やかになることだろうな」リシアンの父ダレンスは言った。
「そうなるでしょうね。いいことか悪いことか、わたしにはわからないけれど」
森がなくなってしまうですって? リシアンは慌てた。
急いでゼルジーの元へと行くと、今聞いたことを話す。
「それほんと?」ゼルジーはびっくりして聞き返した。
「ええ、確かにそう言っていたわ。わたし達、もう『木もれ日の王国』へ行けなくなってしまうのね」
すると、パルナンが言った。
「どの道、あの国へ行ったところで、ぼく達には何もできないんだけどね」
2人は思い出した。魔王ロードンが現れ、しかも全員が力を合わせてもかなわなかったことを。