ゼルジーとリシアン
「いいわ。あんたを信じる。力を貸してちょうだい」
ゼルジーとパルナンは、「扉の間」へと並んで歩いていった。
87番目の扉に立つと、ゼルジーは首から提げた黄金の鍵を、その鍵穴に差し込んだ。
扉を開くと、むせかえるほどの花の香りが溢れてきた。辺り一面、色もとりどりの花が咲き乱れている。
「ここが『花の国』よ」とゼルジーは言った。「今見ているところは『春の野原』ね。ほかに『夏の高原』、『秋の野山』、『冬の森』と、4つに分かれているの」
「へえー、だだっ広いんだな。これじゃ、探すのも大変だぜ」パルナンはひゅーっと口笛を吹いた。
「まずは、この原っぱから探しましょう。緑色のバラなんて珍しいから、きっとすぐに見つかるわよ」
ゼルジーとパルナンは、花をかき分けるように進みながら、目を凝らして探し歩いた。けれど、緑色をした花はいっこうに見つからない。
「なあ、ゼルジー。ここにはないんじゃないかな。別の場所へ行ってみようぜ」パルナンはあきらめたように言う。
「そうね、『夏の高原』を見てみましょう」
「春の野原」をどんどん登っていくと、そこは「夏の高原」だった。照りつける太陽こそギラギラと輝いていたが、高原らしく、涼しい風が吹いている。
「ここには高山植物しかなさそうだぞ」早くも、パルナンがそう指摘をした。その通り、イワカガミやウスユキソウなど、低地では見られない花ばかりが揺れている。
「ここにもなさそうね……」ゼルジー達は、「秋の野山」を目指した。
真っ赤に色づいたモミジが押し合うようにして並ぶ山裾を、2人は歩いていた。
「きれいね、ここはすっかり紅葉しているんだわ。もっとも、この山では、1年中がこうなんだけれど」ゼルジーはつかの間、グリーン・ローズを探すことすら忘れて、感嘆の声を洩らす。
「どこもかしこも赤いんだな。だけど、緑なんて1つも見当たらないぜ。どうやら、ここにも『グリーン・ローズ』はなさそうだ」
パルナンの言葉で現実に引き戻されたゼルジーは、がっかりして次の土地へと足を向けた。
山を越えると、うって変わって枯れ木の森に出る。「冬の森」だった。
「寒いなあ。おいら、暑いのはなんともないんだが、寒さだけは苦手なんだ」パルナンは、両手で自分を抱えて、ブルブルと震えた。
「ここにも『グリーン・ローズ』はないんじゃないかしら。だって、バラって、冬はあまり見かけないじゃないの」
それでも、きょろきょろと辺りを見回しながら、花を探した。
進むにつれ冷気が厳しくなり、足許を霜が覆い始める。やがてそれも、白い雪景色へと変わっていった。
「わたし、こんな遠くまで来たの初めてよ」ゼルジーは寒さに身を縮ませながら言う。
「花の国なのに、さっきから1つも見てないな。やっぱり、ここも違うか」
パルナンがそうつぶやいたとき、雪山の向こう側に立つ煙を見つけた。
「あれは何かしら。温かい風が吹いてくるわ」
「よし、行ってみよう」
それは雪の中にぽっかりと空いた焦げ跡だった。ほぼ真ん中に小山があり、花が1輪だけ立っている。それこそまさしく緑色をしたバラだった。
「ねえ、パルナン。あれよ、あれに違いないわ。『グリーン・ローズ』だわ!」ゼルジーは、焦げ跡の中をそそくさと走っていく。
突然、小山の影から巨大なトカゲが現れた。目は黄色くらんらんと輝き、鋭い牙がずらりと並んでいる。
「ゼルジー、戻れっ! 早くこっちに来い!」パルナンは叫んだ。
言われるまでもなく、ゼルジーは大慌てで逃げ出した。
「なんなの、あれ。まるで、花を守っているみたいだわ」
「そうか、じいちゃんが言っていた危険なものって、こいつのことだったんだな」パルナンが言った。「見てろ、丸焼きにしてやる」
パルナンは指をパチンと鳴らした。オオトカゲはあっと言う間に炎に包まれてしまう。
「やったわ!」ゼルジーはうれしそうに声をあげた。
ところが、オオトカゲは炎の中でもがくでもなく、平然としている。口をぱかっと開き、なんと逆に火の玉を吐き出してきた。
「なんてこった。あいつ、サラマンダーだっ」パルナンはちっと舌打ちをする。「火から生まれたトカゲなんだ。おいらの魔法じゃ、どうにもならねえや」
「それなら、わたしが」ゼルジーは水の魔法を唱えた。鉄砲水となって、サラマンダーの口に注がれる。じゅーっと激しい音を立て、水蒸気がもうもうと舞い上がった。
さしものサラマンダーも、これはたまらないと、しっぽを巻いて逃げ行く。
「さすがだな、ゼルジー。さ、『グリーン・ローズ』を取りに行こうぜ」
「ええ、そうしましょう。早く、リシアン女王に持っていってあげなくっちゃ」〕
気がつくと、もう昼も近かった。パルナンとゼルジーは、たっぷり3時間も空想の旅を続けていたのである。
「ちょっと、リシーの様子を見に行ってみないか?」パルナンが言った。
「そうね。そろそろ起き出している頃かもしれないわ。それに、今の物語を聞かせてあげたいし」
2人はリシアンの子供の部屋をノックした。すぐに、どうぞという声が返ってくる。
中に入ると、リシアンは体を起こして、2人を迎えた。
「どう? リシー。少しはよくなって?」ゼルジーは聞いた。
「ええ、急に体が軽くなったの。不思議だわ。きっと、もう治りかけなのね」
「ぼくたち、君のために空想の国で冒険をしてきたところなんだ」とパルナン。「『木もれ日の王国』で、君は不治の病ということになっていてね、それを治すために、魔法の花を探し歩いたんだ」
「まあ、パルナン。あなたがゼルと一緒に旅をしたって言うの? わたしのために? なんて素敵な物語なんでしょう。カゼがすっかり治ったら、すぐにでもノートに書き留めなくっちゃ」
リシアンは感動しきって、両手を揉み絞るのだった。
10.禁断の扉
「わたしがカゼをひいている間、こんな素敵な冒険をしていたのねっ」リシアンはすっかり治って、昨日ゼルジーから聞いた物語を、ノートに書き記している最中だった。
「まさか、パルナンが一緒に『グリーン・ローズ』を探してくれるとは思ってもみなかったわ」ゼルジーは、綴られていく文字を眺めながら言った。
「まあね、ぼくだっていつも悪さばかりしているわけじゃないさ」少し照れながら、パルナンが答える。
リシアンが物語を書き終えると、例によって3人は森へと出かけていった。
「今日はどこの国へ行く?」ゼルジーがそう聞いた。
「これまで、いろんなところに行ったわよね。すぐには思いつかないわ」
「とりあえず『木もれ日の王国』へ行って、それから決めない?」パルナンが提案した。
一同はそれに賛成し、行き先も考えず、めいめいうろの中へと入っていった。
〔すっかりよくなったリシアン女王は、さっそくゼルジーを呼び、「扉の間」へ行こうとせかした。
「陛下、もうご加減はよろしいんですか?」心配性のゼルジーは気遣う。
「ほら、この通りよ。さ、ゼルジー。どこか冒険に出かけましょ」
すると、いつからいたのか、パルナンが戸口に立ち、クスクスと笑う。
「ついこの間まで、死んだように眠っていたのになあ、リシアン。無理をすると、またぶっ倒れちまうぞ」