そらのわすれもの6
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金曜日の駅前通りは賑やかだった。その中を知春はスキップをしそうな足取りで歩いていた。
ここ数日、優太が遊びに来るようになり、楽しみができた。知春にとっては竜也以外と過ごす時間は新鮮で、次に会える時に何を話そうか考えるとワクワクして仕方がない。
夕飯の買い出しの後のちょっとした寄り道。街のネオンに思わず笑顔が溢れる。可愛いお店やカフェを見つけるとふらふらと花に吸い寄せられる蝶の様に歩いていく。
そこそこ着飾った人達が歩く中、ゆったりとした部屋着でエコバッグを下げて知春は歩いた。そこらへんが周りを気にしない彼女らしい。ただ珍しく髪型はこっていて、編み込みになっている。その辺りに彼女の最近の浮かれ具合が表れていた。
「知秋?」
知秋と呼ばれたのにも関わらず、知春は焦る様子もなく、声のする方へ振り返った。
「知春だよ。」
目を合わせて微笑む。
「…知ってるわよ。でも、あなたも知秋よ。たまには、本名で呼ばれるのも悪くないんじゃない?」
声の主は琴恵だった。仕事帰りらしく、 ベージュの薄いコートを羽織り、 シンプルな黒い革の鞄を右肩に下げている。少し難しい顔をしてから、気を取り直して、知春に笑いかける。
「でも、それは知秋ちゃんに譲ったよ。私は知春で構わないの。」
知春はにこにこしながら、胸に手を当て答えた。
「…。」
琴恵はその姿を眺めると、一言返した。
「それであなたはいいの?」
「うん。」
琴恵の表情は暗かった。それと裏腹に、知春は満面の笑みで続けた。
「私は別に何も拘っていないから。人間かどうかもどちらでも構わないしね!」
その言葉の真意を確かめようと琴恵は知春を眺めていたが、何も裏がないのだという結論に至り、ため息をついた。
「知春、お茶でもしない?」
琴恵は鞄から財布を出し、持ち合わせを確認しようとした。しかし、知春は首を横に振った。
「いい。あなたはお父さんの敵でしょ。昔、よくうちに押し掛けてドアの前で怒鳴ってた。」
琴恵は少し動揺してから、財布を閉じ、何とも言えない顔で微笑んだ。
「記憶…あるんだ。」
とても、陰鬱な表情。