ダンジョニアン男爵の迷宮競技
「怒らないでくれよステディ・ベア君。レクリエーター君の、ように私も殺すつもりかい。蚊と同じぐらいの小ささの傷を付けただけではないか。脳味噌まで達しているにしろ三十六万本の双方向性神経繊維を打ち込んだだけだよ、あのクォーターの森人の小娘には。下らない小娘だよ。寄生肉芽を通して記憶を探った所、劣等感と敗北感だけしかないような情けない小娘さ。錬金術士とは呼べないようなレシピ頼りの調合しか出来ないんだからね。創造性も才能も無いよ、あの小娘には。レクリエーター君を殺す理由としては些か乏しくないかね。レクリエーター君は才能のあるハイローゲーム学派の学士なんだよ」
粘液の塊が喋った。
「才能が無くても良いじゃない。この終わり方はとても良いわよ。久しぶりに感動しちゃった。やだ、涙が出ている。やっぱり正義の味方は何も望まず立ち去るのが正しい姿よね」
涙が流れているテディベアは若い女の声で言った。
「そんな、下らない理由でダンジョニアン男爵ごっこを御破算にしたのかい。許せないな。レクリエーター君と私は高尚な哲学を行っていたのだよ。宇宙の彼方へと二人で旅立つような孤独な精神の旅を行っていたんだ。ダンジョニアン男爵ごっこは人間の本質に迫る哲学なんだよ。確かにハイロー・ゲーム様はレクリエーター君を殺すように命令を出したけれど本当に殺す必要が在ったのかい。それに次のダンジョニアン男爵になるのは私の番だったんだよ」
粘液の塊が喋った。
「まあ、ステディ・ベア君も、じぇりーマン君も睨み合わない睨み合わない。スラッシャーたるもの、友達面しておいてから、さり気なく後で殺しに掛かるモノだよ。我々が、さっきレクリエーター君を見捨てて手助け、しなかったようにね。我々は学問を探究するさいの趣味のベクトルが一致していたから、ダンジョニアン男爵ごっこで、少しばかり仲良く、やりすぎていたんだな。スラッシャーの世界は、知識を奪って、お互いに殺し合うのが本来のルールだからね。我々こそが本当の魔術師ソーサラーなのだよ。魔術都市エターナルなんて、ただの力仕事をやっているだけさ。ウイザードはザコなんだよ。まあ、あのコロナ・プロミネンスはザコとは呼べないけれどね。それじゃあ、稼いだ金を持ち逃げして我々はコモンの闇の中に消えていこうか。この身体では些か不自由だから新しい身体を奪わなくてはならないかな。首を切り落としてムカデの身体を脊髄に埋め込まないとね。その時神経を接続するのが気持ち、いいんだな。まあ力仕事はボクが作った脳味噌の拡張ベイに筋肉トレーニング・アクセレータカードと無線LANカードに労働アクセレータ・カードを搭載した邪戦斧隊にでも、やらせて、我々の、もう一つのアジトへと急ごうか。そこでハイローゲーム様と共に新たなヒマージとミドルン王国攻略を考えようじゃないか。我々は何だかんだ言っても同じ学派の仲間なんだよ。悪巧みは仲良く連んでやるものさ」
ムカデの怪人が笑いながら言った。
そして奇怪な三匹の怪物達はダンジョニアン城の闇の中へと消えていった。
「私は、このブルーリーフ町のブルーリーフ男爵です。このダンジョニアン男爵の迷宮競技は廃止します」
パパはカメラの前で言った。
これから、このトラップシティを普通の町に戻すには時間が掛かるかもしれなかった。
でも後ろにはルル達が見ていてくれた。
きっと上手く行くに違いなかった。
スカイ、マグギャラン、コロンの三人は夜明けの太陽が昇ってきたトラップシティの町を三人で横に並んで無言のまま歩いていた。
石畳の通りには誰もいなかった。
早朝だからかもしれなかった。
だから通りの真ん中を三人で並んで歩いていた。
スカイは宝箱の中身のヒマージ金貨を宿屋で買った大型のリュックサックに詰めて歩いていた。
マグギャランはスカイ達が自分達に賭けた賭け券を換金したヒマージ金貨をリュックサックに詰めて背負っていた。
コロンは優勝トロフィーを宿屋で買ったシーツで包んで持っていた。
「まあ、結果的には上々だな、悪い奴を、やつけてカネも手に入った。言うこと無しだろ。フラクター選帝国の帝国銀行に入れてミドルンへ送金すれば税金も掛からないしな」
スカイは言った。
コロンが頷いていた。
「まあ、悪い話ではなかったな。借金も全額耳を揃えて返せるし、多少の、やりくりも出来る。ブルーリーフ男爵がダンジョン競技の廃止を告げて賭け券の換金が出来なくなると言うデマが在ったが、結局、換金は明け方近くまで換金所に列を作って並んで待って出来たし上々の結果だ」
マグギャランは言った。
スカイ達はトラップシティの入り口近くまで来た。
「それじゃ、駅馬車か駅バスにでも乗ってミドルン王国へ帰るぞ。オレ達がダンジョン競技で得た金は、冒険屋のルールに則って三人で山分けだ。文句ねぇだろオマエ等」
スカイは言った。
マグギャランとコロンは頷いた。
メルプル良かったな。親父さんが元に戻って。
それにしても、ちょっとばかり、驚きの連続の一日だったぜ。朝日に照らされた獄門惨厳塔とダンジョニアン城を見ながらスカイは思った。
「みなさーん、待って下さい!」
白い神官着の女が走ってきた。
ルシルスだ。
地面に引きずるような白く長い神官着の裾を左手で巻いて右手を振って走ってくる。
「きゃっ!」
そしてスカイ達の目の前で悲鳴を上げて転けた。
オイ、狙っているのかよ。
「痛たた……。あのう、私を、お家まで送ってくれる約束は、どうなったのですか。私を置いていかないで下さい。私は、こんなにもドジでノロマでグズなドベなんです」
ルシルスが転けたまま言った。
「よく考えて、みたんだルシルス。お前の家に電話は在るか?俺かマグギャランの携帯電話、使って家の人に迎えに来て貰った方が良くないか。父親とか兄貴とかが居るだろう」
スカイはルシルスに言った。
「おい、スカイ。それではルシルスの、お姉さん達に会えないではないか」
マグギャランはスカイの肩を押さえて真面目な顔で言った。
「はあ?携帯電話ですか?ウチはママがフラクター選帝国と科学が大嫌いなので携帯電話もテレビも無いんですよ。でも、魔術都市エターナルの教授を、やっているダーナお姉さまが携帯電話の電話番号を教えてくれたのでダーナお姉さまになら通じるんじゃないでしょうか」
ルシルスが首を傾げながら言った。
「何、君のような美人で、その上インテリなのか」
マグギャランが真面目な顔で言った。
「はい私なんか出来が悪いですが。ずっと美人ですよ。しかも、とっても頭が良いんです。近所で評判の女神三姉妹の一人なんですよ」
ルシルスが首を傾けたままジト目で言った。
「未婚なのかね。これは重要な質問だから正直に答えるように。では、もう一度聞こう、未婚なのかね」
マグギャランは鼻息荒くルシルスに言った。
「はい」
「うおっしゃ!」
マグギャランは金貨の詰まったリュックサックを地面に置いて両腕で気合いを入れた。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道