ダンジョニアン男爵の迷宮競技
「ふふふ。スラッシャーは直接は戦わないのです。では、この身体を捨てましょう」
ラビリーナは笑った。
突然、ラビリーナの顔から笑いが途切れ虚ろな目つきになった。そして倒れた。
階段を力無く転がった。ラビリーナはスカイ達の前まで転がってきた。
そして動かなくなった。
「ママ!」
マルプルが走ってきてラビリーナに駆け寄った。
「なんだ、どうなったんだ?」
スカイはラビリーナに近づいた。
「どうしてくれるのよ!ママが階段から落ちたじゃない!階段から落ちたら複雑骨折しても、おかしく無いんだから!」
マルプルがスカイに向かって叫んだ。
「別に、俺が突き飛ばした訳じゃねぇよ」
スカイは言った。
「ぜったい!ぜったい!あなた達のせいよ!」
マルプルはスカイとコロンを見ながら言った。
コロンが前に出てきた。
そして、しゃがんでラビリーナの結い上げて、うなじが見える首筋を触った。
首の後には親指の頭ぐらいの小さいコブのような物が生えている。
「…これは寄生肉芽」
コロンは言った。
「キセイニクガ?何だそりゃ?」
スカイは言った。
「何よ!ママに触らないで!頸椎が骨折しているかもしれないでしょ!」
マルプルがコロンの手を掴んで離した。
「いやあ、首の骨が折れていたら死んでいるだろう普通」
スカイは言った。
「……寄生肉芽は脳を遠隔操作する」
コロンは言った。
「まさか、ママは操られているの」
マルプルは言った。
「……うん」
コロンは言った。
「ママはいつものママだったのに何で操られているの?さては、わたしを騙そうとしているでしょ」
マルプルはコロンに言った。
「……そんなことはしない…寄生肉芽は、それ自体が生き物だから外すことは出来る…例えば火を当てれば……」
コロンは杖の先に炎を出そうとした。
炎がチラッと出たが直ぐに消えた。
「どうしたコロン」
スカイは言った。
「…魔術の使い過ぎみたい…休まないと」
コロンは杖に、へばって寄りかかって言った。
「しょうがねぇな。じゃ、俺は先にダンジョニアンの弱点の赤いガラスのサイコロを捜して来る」
スカイは言った。
「パパを、ぶっとばしたら許さないからね!」
ラビリーナの横に居る、マルプルはスカイに向かって言った。
メルプルはダンジョニアン城に入って迷っていた。元々、メルプルが住んでいた古びた屋敷「青い、木漏れ日の館」の面影は、何処にもなかった。ダンジョニアン城の中は原色のピンクや黄色や黄緑などの悪趣味で派手な色調に彩られていて酔いそうな感じだった。
「やあ、メルプル」
クマの人形が角から歩いて現れた。そしてメルプルに若い女の声で話しかけてきた。
ステディ・ベアだ。
何故か水色の携帯電話を持っている。
「事情が変わったんだ。ぼくがダンジョニアン男爵の部屋まで案内してあげるよ」
ステディ・ベアは言った。
「どういう事なの?」
「ぼくは、心の綺麗な女の子の手助けはするんだ」
「でも、さっき青タン作るとか言ってなかったけ。わたしは嘘つきだから」
「うん。でも事情が変わったんだ。だからダンジョニアン男爵の部屋まで、君を案内する」
ステディ・ベアは言った。
メルプルは本当か嘘か、ステディ・ベアを見ていたがステディ・ベアは何処からどう見ても、やはり、ただのヌイグルミだった。表情は判らなかった。
「本当に信じて良いの?」
メルプルは用心深く聞いた。
「君も疑り深い性格だな。でも、君は一人で、この複雑で滅茶苦茶な作りのダンジョニアン城の最も奧に在るダンジョニアン男爵の部屋に辿り着けるかな?ぼくの言うことを聞いて後を付いてきた方が利口だと思うよ。よく考えてみたまえ。凶陣拷羅五条殺の闘技場のダンジョン・ストーカーズ達を止めたければ、ダンジョニアン男爵の命令が必要なんだよ。早く止めないと……」
ステディ・ベアは短い手を後に組んで言った。
「!ルル達はどうなるの!」
メルプルは突然思いだして叫んだ。
「人が話しているのに中断させないでくれよ。君は礼儀知らずだな。ダンジョン・ストーカーズにはダンジョニアン男爵から戦闘命令が出て居るんだよ。その命令を止めるにはダンジョニアン男爵直々の命令が必要なんだ」
ステディ・ベアは言った。
「でも!だって!ずっと中庭で話していたのは、あなたじゃないステディ・ベア!あなたが止める事はできないの!」
メルプルは叫んだ。
「うん、そうだよ。ぼくとマルプルはダンジョン・ストーカーだからね。だから、第四迷宮ゾーンに居たんだ」
「…マルプルは、私の妹のマルプルなの?」
「君も、つくづく疑り深い性格だな。どういう人生を送ってきたんだい?マルプルは君の妹のマルプルだよ」
「いま、マルプルは何処に居るの?」
「ダンジョニアン城の中に居ることは間違いないよ。マルプルは、このダンジョニアン城の中で育ったから、一人でも問題は無いよ」
「無事なのね。それならば、ダンジョニアン男爵の部屋へ、わたしを案内して。ルル達を助けて貰うためにパパと直接話をしてみる」
メルプルは意を決して言った。
「うん、いいよ。こっちだよ。付いて来るんだ」
ステディ・ベアは短い腕で右側を指しながら言った。
「ちくしょう見つからねぇな」
スカイは、遊具室の中で、赤いガラス製の二十面体のサイコロを捜していた。この部屋の中には、様々な、玩具が沢山在った。この中から、二十面体のサイコロを捜す事は、かなり難しい話だった。サイコロを捜している途中でスカイは剣を見つけた。なかなか、切れ味の良さそうな剣だった。
メルプルとステディ・ベアを載せたエレベーターは止まった。エレベーターから出てみると、床石を四角く、くり抜いた形で出てくる仕組みだった。ステディ・ベアは腕を振るって、両開きの扉を指し示した。
「メルプル。ここがダンジョニアン男爵の「主の間」だよ」
ステディ・ベアは言った。
「ここなのね。ここにパパが居るのね」
メルプルは言った。
「うん、そうだよ。それじゃ、ぼくは、ここまで案内したから失敬するね」
ステディ・ベアは言うと。エレベーターのボタンを押した。エレベーターは下に向かって降りていった。そしてエレベーターの上に付いている、床石が閉じ、ただの床になった。
メルプルは両開きの扉を見ていた。扉にはトランプやチェスの駒やサイコロなどが彫り込まれている。
メルプルは扉を押した。
そして中に入った。
中は廊下と同じように落ち着いた雰囲気の作りだった。幅は二十メートルぐらいあって、奥行きは、五十メートルぐらい在る部屋だった。
その部屋の奥の背もたれの高い椅子の上にはメルプルの父親のブルーリーフ男爵が座って居るはずであった。メルプルは視力が少し弱いから遠くの人間の顔までは判らなかったのだ。
メルプルは走った。そして近くまで行って頑丈そうな作りの金色の宝石で飾られた椅子に座っている人物の顔を見た。それは、間違いなく、メルプルの父親のブルーリーフ男爵だった。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道