ダンジョニアン男爵の迷宮競技
「それにしてもブルーリーフ町も変わっちまったな。この高台から見下ろすと夕闇に浮かぶのはネオン・サインばかりじゃねぇか」
スカイは公園から下の町並みを見回した。
「そうよ。この町は変わってしまったの」
メルプルは顔を上げて言った。
その時、スカイはメルプルが綺麗になっていることに気が付いた。子供の時は気が付かなかったが。
「メルプルは、ずっとブルーリーフ町に居たのだろう」
スカイは聞いた。
「居た方が良かったかもしれない。でも私は……引っ越していたから」
メルプルは髪をかき上げ目を伏せながら言った。
その仕草にスカイは少しドキドキした。
でも、確かに、こんな風にブルーリーフ町が変わったのなら引っ越した方が良かったのだろう。今のブルーリーフ町は酷い繁華街だった。
「メルプル!どこに居るのよ!」
遠くで若い女の声がした。
どうやらメルプルを呼んでいるようだ。
「友達が来たから、私は行くわね。スカイ元気でね」
メルプルは言って手を振って小走りで駆けていった。
向こうの方で黒い帽子に黒い丈の短いマントを着た金髪の巻き毛の眼鏡をかけた同じぐらいの年格好の少女がいた。
メルプルの友達だろうか?メルプルはペコペコ頭を下げている。
眼鏡を掛けた少女は腕を組んで怒っている。
メルプルより偉いようだった。
友達なんだろうな。
メルプルは子供の頃は森人族の血が入っているから友達が居なかったらしいが、今は友達が出来たみたいだ。よかったな。とスカイは思った。
「何、泣いているんだよ」
七歳のスカイは腕を組んで泣きじゃくっている女の子に聞いた。
「友達が居ないから」
女の子が言った。
「友達なんて居たって、うっとうしいだけだろう」
スカイは腕を組んだまま言った。
そうだ。この世は世知辛いからな。そもそもスカイの仕事は大人相手だ。七歳とはいえ世間の仕組みは、それなりに判っていた。同い年の友達など出来るはずはなかった。スカイは七歳だが大人相手に交渉して金を稼がなければならないのだ。何故かスカイは子供の頃から文字を覚えるのは得意だったし、金の計算も、いつの間にか覚えていた。
「でも友達が今すぐ欲しいの」
女の子が泣きながら言った。
「何でだよ」
スカイは言った。
「友達と一緒にダンジョン・ゲームに出なくちゃならないの。じゃないとパパが悲しむの」
よく判らないが。
この女に、とってはダンジョン・ゲームに出ることが重要なのだな。
スカイは何となく事情が判った。
「よし、それならオレがダンジョン・ゲームに一緒に出てやる」
スカイは満面に笑みを浮かべていった。
まあ、いいや、今日はヒマだ。
「他の子みたいに逃げ出さない?」
女の子はスカイを見ながら言った。
「何で逃げ出すんだよ」
スカイは言った。
「だって私は森人の血を引いているの」
女の子は帽子を取った。
するとプラチナ色のストレート・ヘアーから尖った耳が突き出ていた。
森人族?
本当に居たのか?
スカイは森人族の血を引く人間を、今、始めて見たし。森人を見た事は一度もなかった。
「森人って言えば長生きするんだろ。お前も百歳ぐらいなのか」
スカイは言った。
確かにそのぐらいでもおかしくなかった。
「ううん。まだ、八歳よ」
女の子は言った。
「オレより一コ年上かよ。オレは七歳だ」
スカイは言った。
「ねえ、気持ち悪くないの。みんな、わたしの事が嫌いなの。パパとママしか優しくないの」
女の子は言った。
「別に、結構かわいいぜ、お前。気にするなよ、おれだって目つきが悪いが世の中渡って居るんだ」
スカイは言った。
女の子がビックリした顔をした。
そして吹き出した。
「そういや、まだ名前を聞いてなかったな。オレの名前はスカイ。スカイ・ザ・ワイドハートだ」
スカイは言った。
「わたしの名前は、メルプル。メルプル……シルフィード」
女の子は言った。
「だが、条件がある、カネを出せ、俺はカネで動く冒険屋なんだ」
スカイは言った。
「お金?今、これだけしか持っていないけれど」
女の子は財布を取りだした。中には銅貨が数枚入って居るだけだった。
「少ねぇな。まあ良いか。これで手を打ってやるよ」
スカイは銅貨を一枚取り上げた。
今日はヒマだからダンジョンゲームに参加するのも悪くは無かった。
「第7パーティ「ザ・ワイドハート」さん入場行進の時間です出て下さい」
呼び出しが掛かった。
スカイ達はバラバラに配置された磨りガラスの窓の控え室から出された、薄暗い廊下を歩いていった。
「あ、お前」
スカイは突然後ろから声を掛けられた。
忘れようの無い声だった。
トンガリ頭の格闘家シー・ジーウーだ。
「何で、お前が居るんだよ」
スカイはシー・ジーウーを睨んだ。
「何だ、お前も参加するのか?」
シー・ジーウーも露骨に嫌そうな顔をした。
「はやく進めスカイ。案内をしているバニーガールの、お姉ちゃんが困っているではないか」
マグギャランはスカイの背中を押しながら言った。そして赤色の水着を着たバニーガールに愛想笑いを浮かべていた。だが頭にアンテナが生えたバニーガールはツンとしていた。
七歳のスカイはメルプルと共に、ダンジョンゲームの受付に来た。他にも何組もの、子供や大人達が参加するようだった。
「何か、在るのか。子供のゲームじゃないのかよ、大人まで参加しているだろ」
スカイは周りを見ながら言った。
「一位になると小麦粉が、百キロ贈呈されるの」
メルプルは言った。
「オレは遠くて持って帰れないから、一位になったら、お前が持って行け。たらふくパンが食えるぞ」
スカイは言った。
「大人も参加しているのよ。子供の私達では一位に、なんかなれっこないわ」
メルプルは言った。
「おい、小僧。この町の男だったら、こんな森人の血の入った女なんかシカトするんだよ。コイツのせいでブルーリーフ町は他の領地よりも賦役が多いんだ」
十八ぐらいのニキビだらけの少年が言った。
弟なのか子供を連れている。
「うるせえな。オレは余所者なんだよ。関係ねぇんだよ」
スカイは言った。
「余所者だと」
「そうだ余所者だ。ミドルンから来たんだ」
スカイは言った。
「何でミドルン人が、こんな所に居るんだ」
弟の方が言った。
「オレは冒険屋だ」
スカイは言った。
スカイ達、迷宮競技の参加者達はスタジアムのステージの上で各パーティ毎に整列していた。空には号砲が撃ち鳴らされていた。
「レディース・アンド・ジェントルメーン!コレより大賭博レース。ダンジョニアン男爵の迷宮競技を開催いたします。わたくしは司会と進行を行いますミスター・シキールです。以後お見知り置きを!常連さんは知っていますよね?」
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道