ダンジョニアン男爵の迷宮競技
トンガリ頭の少年が首を左右に傾けてコキコキと鳴らしていた。
「うるせぇぞ!最後に勝ちゃいいんだよ!俺は、お前に負けねぇよ!」
スカイは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「イキがるなよ。今までは技を使わなかったが。今度は手も使った連三拳で道ばたにオネンネさせてやるよ。目が覚めたら反省しろよ」
トンガリ頭の少年は白い歯を見せながら大きく満面の笑みを浮かべた。
「連一打!飛燕跳捶!」
トンガリ頭の少年の輪郭が、ぼやけて消えた。一瞬でスカイの目の前に移動していた。
速ぇ!
トンガリ頭の少年がスカイの顔の前でニヤッと白い歯を見せて笑った。
スカイは、いきなり鼻の中央に鼻ピンを食らった。
だが、ただの鼻ピンにしては威力が異常に強かった。
スカイの頭は仰のいた。
意識が吹っ飛ばされそうだった。
「この野郎!」
スカイは腕を横殴りに振るったがトンガリ頭の少年は姿勢を物凄く低くして避けた。
「連二打!大盤衝捶!」
トンガリ頭の少年が叫んだ。
スカイの鳩尾に凄い威力のボディブローが炸裂した。
イテェ……
何つぅ威力だ。
スカイは胃の内容物を吐きそうになった。
「とどめだ!寝てろよ!連三打!通天炮!」
前屈みになったスカイの頭が、トンガリ頭の少年の手でロックされて膝が顔面に飛んできた。
スカイは閃いた。
前に出るしかねぇ。
「うおりゃ!」
スカイはトンガリ頭の少年の膝が伸びきる前に膝頭目がけて頭突きを食らわした。
トンガリ頭の少年の動きが止まった。
スカイの首と頭も痛くなった。
だが手応えはあった。
どうだ、この野郎。
「おい、お前、どういう頭をして居るんだ。石頭にしても程が在るぞ」
トンガリ頭の少年が言った。
スカイは鼻血と割れた額から血を垂らしながらバンダナで包まれた額を指で差した。
「ここには鉢金が入っている。まあ本当は遺跡で見つけた古代の細工物なんだがな」
スカイは鼻血を、すすり上げながら言った。
「運の良いヤツだな。膝を怪我しても。動きが落ちるなんて思うなよ。ハンデだ。次で道ばたに大の字に寝かせてやる。もう手加減はせん全力で叩きのめす」
トンガリ頭の少年が右足を前に出して爪先立ちにして構えながら言った。
「そこまでだ!」
突然老人が出てきた。
白い髯を蓄えて白い髪をしている。ここら辺ではちょっと見たことのない変わった服を着ている。
「じいちゃん」
トンガリ頭の少年が言った。
「行くぞ。激武(ジーウー)。お前の拳術は武覇山の名誉を背負っておる。こんな所で使って良い物ではない。来なさい」
老人が言った。
「判ったよ、じいちゃん」
ジーウーと呼ばれたトンガリ頭の少年が素直に老人の後に付いていった。右足を引きずっている。
「何だよ逃げんのかよ」
スカイはジーウーに言った。
ジーウーは急に振り返った。
「オイ!ゴロツキ!俺の名前は武覇山のシー・ジーウー(水・激武)だ!覚えておけ!この金髪三白眼野郎!」
トンガリ頭の少年はスカイに怒鳴った。
「テメェ!ウニ頭の格闘バカのコンチクショウ!俺の名前はスカイ・ザ・ワイドハートだ!覚えておけ!」
スカイはジーウーと名乗った少年に叫んだ。
スカイは頭に膝蹴りを受けたショックでフラフラしていた。
「ジーウー。気が付かなかったのか」
ジーウーの祖父であるシー・ルアンウー(水・乱武)」は言った。
どうやらジーウーは気が付いていなかったようだ。
未熟者め。まだまだワシの指導が必要な青二才ではないか。
「なんだよ、じいちゃん」
ジーウーは言った。
「あの若者じゃ。お前と戦っていた」
シー・ルアンウーは言った。
「何だよ、じいちゃん。アイツは町のゴロツキだよ。モンスター殺しの冒険屋なんてチンピラと同じだ。国家の使命を持った黒鷹達とは違う」
ジーウーは言った。
「わからんのかジーウー。お前は人を見る目がないな。そんなことでは敵の力量を把握することなど到底出来ないぞ」
シー・ルアンウーは言った。
あの相は人相学では獅子の相と呼ばれる相であった。
まだ七歳のスカイは、ヒマージ王国の首都タイダーへ荷物を届ける仕事を終えたばかりだった。そしてヒマージ王国の王都タイダーからミドルン王国のニーコ街に帰る途中だった。だが、ついでにタイダーの冒険屋組合でもミドルン王国への届け物の仕事を貰っていた。でも期日までは時間があった。
スカイは、ブルー・リーフ町で一日オフを入れるつもりだった。少し散歩してから仕事に戻るつもりだった。交易路の噂ではブルーリーフ町では珍しい森人の薬草料理が食べられるらしかった。
食えば森人みたいに長生き出来るかもしれないな。
スカイは興味を持ってやって来た。
だが、肝心の森人の薬草料理は金持ち向けのレストランで金の無いスカイは入ることが出来なかった。
それで、スカイはヒマだから高台を散歩してみる事にした。
高台は木がまばらに生えた丘になっていた。
そして木が、まばらな並木道のような緩やかな勾配を昇っていった。ブルーリーフ町が一目で見渡せるような高台だ。
泣き声がした。
何か泣いている声がしたのだ。
スカイは歩いて行った。
すると木の陰にベンチが在った。
縁の大きい帽子を被ったスカイと同じぐらいの白っぽい服を着た七、八歳の女の子が居た。大した服を着ていない。スカイと同じ一般人の女の子だ。
「何、泣いているんだよ」
スカイは言った。
女の子は顔を上げた。
変わっちまったな。
この町も。
スカイは夕方の風に当たりながら歩いていた。
世の中、フラクター選帝国から普及した科学技術とやらのせいで日進月歩の変化を遂げていた。スカイもマグギャランも。クーポン前払い制の携帯電話を持っていた。これは町の中では概ね使えるが。町の外に出ると直ぐに圏外となる代物であった。スカイは赤と黒の虎模様で、マグギャランは木の質感をプリントした携帯だった。
だが、ここの高台は、昔と変わっていないようだ。
ここで泣いている女の子がいたんだ。
確かあの木の陰のベンチに座っていた。
スカイは木を見た。
木の陰のベンチに人が座っていた。
背中まである長いプラチナ色の髪をしている。
「あなたはスカイでしょ」
尖った耳の褐色の肌の少女が声を掛けてきた。細身のズボンのスーツは灰色の地に細いピンストライプが入っていた。黒いタートルネックのセーターを着てゴッツイ銀色のネックレスをしていた。
子供の頃、泣いていた女の子を思いだした。確か、スカイが七歳の頃だ。ストレートのプラチナ色の髪の毛は昔と同じように長かった。
メルプルだ。
「目つきが悪いからすぐ判った」
メルプルが言った。
「そっちだって耳が尖っているから直ぐに判ったぜ」
スカイは言った。
「一応気にしているのよ森人の血が入っているって直ぐに判るから」
メルプルが耳を撫でながら目を伏せながら言った。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道