ダンジョニアン男爵の迷宮競技
四枚刃剣を横からナイフで押したスカイを見ながらラメゲは言った。
間に合ったか?
スカイはラメゲが引き金を引ききる瞬間に4枚刃剣をナイフで押したのだ。
「決闘で殺し屋の武器を使うんじゃねぇよ」
スカイはラメゲに言った。
「まあ、それもそうだな。だがオヤジは勝ちゃ何でも良いって言ってんだがな。それにオヤジが言うには、この程度の不意打ちには掛かる方が悪いという話だ」
四枚刃剣の内一枚を使ったラメゲは言った。
「良くねぇよ。決闘だって、お前が言っているだろう」
スカイは言った。
「それじゃ、四枚刃剣はしまって、三の剣を出すか。生きているようだしな」
ラメゲは四枚刃剣を鞘に収めた。
スカイは離れてマグギャランを見た。
マグギャランの腹から何かが漏れている。
血か?
「おい、マグギャランどうした腹に刺さったのか?」
スカイは言った。
不味い、あの出血の仕方は尋常じゃない。
だが何か色が変だ。血でも水でもない。
「いや、魔法瓶に四枚刃剣の刃が突き刺さった。そういや、魔法瓶を、ぶら下げたまま戦っていたようだ」
マグギャランはスカイに向かって言った。
何だ紅茶が魔法瓶から漏れたのかよ。
マグギャランは魔法瓶のストラップを剣で切った。そして四枚刃剣の刃を抜き取った。穴の空いた魔法瓶とコートを脱いで床に置いた。
ラメゲは背中から。サーベルを抜いた。だが、普通のサーベルと違って反り返った背の方を下にして奇妙な形で握っている。
「三の剣は、大カミソリ剣を使うバラン流小間切れ刀法だ。コモンから暗黒王国へ逃げ込んだ大カミソリ使いの女殺人鬼バラン・バランが伝えた剣術だ」
ラメゲは大カミソリを構えた。
「どうやら、漸く、真っ当な剣術の様だな」
マグギャランはラメゲの大カミソリを見ながら言った。
「いや、違う、ここからが本当の暗黒王国の剣術の世界だ。行くぞ」
ラメゲが大カミソリを横殴りに無造作に振るった。
マグギャランは剣で受けた。だがマグギャランの白いシャツの腕から血が染み出していた。
「なぜだ!何故受けたのに切られている!」
マグギャランは腕を押さえながら後ろに跳んで離れた。
「やはり、お前はコモンの剣士だな。これは「闇剣」と呼ばれる大カミソリ剣の初歩的な技法だ。受けられても切る。かわされても切る。攻撃されても切る。何もしなくても常に切りまくるという訳だ。バラン流では「無限切り」とも呼ばれている」
ラメゲは大カミソリを構えて言った。
「くっ!邪剣を使いおって!」
マグギャランは更にラメゲと十数合、剣で撃ち合った。
だがマグギャランが打ち込んでも、ラメゲは大カミソリでカウンターを入れて。マグギャランは全身が傷だらけになった。
スカイにはラメゲがどうやってカウンターを入れているかは何となく判った。マグギャランの剣を受け流す際に沿うような形で大カミソリを逆に打ち込んでいるのだ。だがマグギャランにはそれが判らないようであった。
「何故だ、何故致命傷を与えない。お前の腕なら出来るはずだ」
マグギャランが膝を付きながら言った。
「これは、そういう流派なんだ。なぶり殺す技だけで構成されている。まだやるか?」
ラメゲは大カミソリの血を内ポケットから取りだした白いハンカチで拭いながら言った。ハンカチが見る見る内にマグギャランの血で赤く染まっていった。
「くそっ!生き恥を晒すぐらいなら、ここで殺せ!」
マグギャランは叫んだ。
「そうか。それならバラン流小間切れ刀法の唯一の致命傷を与える技である、皆伝の決め技で殺してやる。「猫の八方睨み」だ、この技は……」
ラメゲは大カミソリを構えながら言った。
スカイは駆けていって。マグギャランの首根っこを捕まえた。
「おい、逃げんぞ!」
スカイはマグギャランを引っ張りながら言った。
「バカ言うな。俺は騎士として戦った。だから決闘に敗れれば死なねばならん」
マグギャランは、へたばったまま言った。
「バカは、お前だろう。お前は、今は冒険屋だ。冒険屋には騎士のルールなんか関係ないんだよ」
スカイが言うとマグギャランはハッとした。
「そんじゃ、逃げるぞスカイ!」
マグギャランは猛然と立ち上がった。
そして落ちているコートを拾った。
「コロン!何ボケッとしてんだよ!逃げんだよ!」
ボケーっとして見ているコロンにスカイは叫んだ。コロンはビクッとして慌てて前を向いたまま後ろ向きに走りだした。
「何、逃げるのか?まあ、別に構わないさ。俺は、ここでソファーに座っていて通さない事が仕事なんだ」
ラメゲは大カミソリを背中にしまってベルトを外しながら言った。
「失礼しやした!」
スカイ達は頭を下げて逃げていった。
ラメゲは欠伸をしながら寝そべったソファの上で手を振っていた。
スカイ達は赤、青、緑色の三色の扉の前に戻ってきていた。駆けてきたのでマグギャランもコロンも荒い息をしている。
「あのラメゲが守っている赤い扉のルートは通れないな。ゼッテー、アイツには勝てねぇよ。不意打ちやって三人掛かりでも無理だろう。どうやってカウンター入れているか、よく見えなかったぞ」
スカイは言った。
「それは俺も見えなかった。だから切られたんだ」
マグギャランは言った。
「だが遠くから見た感じだと、お前の剣の刃を伝っているように見えた」
スカイは言った。
「向かい合うと全然判らないぞ。アイツはかなりの使い手のようだ」
マグギャランは言った。
「えらく情けねぇ話だが別のルートから第四ゾーンを突破するぞ。ようは、このバトルのボコリ合いの第四ゾーンを突破する事が肝心だろう。一位通過で」
スカイは分岐の道を見ていた。
「ああっ、だが血が止まらない。ラメゲは器用に静脈や動脈は外しているようだが。結構傷は深いではないか。筋肉が見えている。俺はこのままでは出血死してしまう。嫌だよ」
マグギャランは全身を見ながら動揺した声で言った。
コロンは赤いDパック降ろして床に両膝を付いて中をゴソゴソと探っていた。そして特大の傷バンの束を一ダースぐらい取り出した。長さが二十センチぐらい在る馬鹿でかい傷バンだ。
「あの第一パーティのルル・ガーテンにやった下痢止めみたいに効くモノなのか」
スカイはコロンを見ながら言った。
コロンは何も言わずに首を縦に振って傷バンを突きだしている。
「まあ傷には絆創膏を貼るものだからな」
マグギャランはコロンの絆創膏を受け取った。
「ところで今度は、どうする。もう青か、緑色しか選択肢はねぇぞ」
スカイは扉を見ながら言った。
その時視界の端に影を見た。天井に、逆さまに貼り付いている全身ゴム服の怪人がいた。
スカイは絆創膏を貼っているマグギャランの肩を叩いた。
「よお」
スカイは言った。
だが、全身ゴム服の怪人は無言のまま、天井から壁を伝って壁に貼り付いたまま首の間に真鍮製の空気銃を挟んでドアノブを回して緑色の扉に入っていった。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道