ダンジョニアン男爵の迷宮競技
「早く、メルプルを連れて逃げなさい楚宇那」
頭を押さえたままのサファお姉さんの声が聞こえた。
メルプルは固まったままだった。
楚宇那とウロンがメルプルを運んでいった。
そして場外にたどり着いた。
「やったーひゃっほーい!当たったぞ!単連クジは全部外したけれど勝率クジは大当たりだ!適当に三、二でヤマを張って大当たりだ!」
ギャンブラーYが券を見て券にキスしながら言った。
「ツバメ当たったッスか?」
「スズメは、どうだったの」
「スズメは単連クジが勝率八割で、勝率クジは外したッス。女の子ばかりなので楚宇那様の方に賭けたんですけど、外したッス」
「ツバメは単連クジを全部外して、勝率クジも二枚ともはずれです。つまり全部ダメでした」
シー老師はキンキン声で喋っている娘達の話している内容に怒りを覚えた。
「未成年は、券を買えないことになっているのではないのかね。こんな殺人ゲームで賭をしてはいかん」
シー老師は言った。
「別に年齢は聞いていませんよ、お爺さん。並んで余裕で買えたッス。スズメより年下の子供達が親御さんと並んで買っていたッス」
世も末であった。
「君達は、こんな殺人ゲームを見て心が痛まないのかね」
「うーん。全然、無いッスね。でも仕事的には全然問題無いッスよ。何しろスズメ達は非情の…」
「スズメ、ボディ」
ツバメという娘は貫手でツバメと言う少女の鳩尾をえぐった。手加減はしているようだが、えげつない攻撃だ。経絡と禁穴の知識は若干なのかもしれないが持っているようだ。
「うおっ、ツバメ突っ込みがキツイッス」
「スズメ、わたしたちは今は旅の薬売りなんだからね」
その、あっけらかんとした声が酷く痛々しかった。この娘達は密偵なのだ。
「それではバトルクジを引き続いて行います。第3パーティ「戦斧隊」と第7パーティ「ザ・ワイドハート」の試合を開始します。前回の美少女VS犯罪者に比べるとドラマと魅力に乏しい寂しいメンツのムサイ野郎共ですが三対三の試合を開始します。いやあ、実に寂しい。フォローのしようが無い悲しい消化試合です。こんな試合を提供するダンジョン競技運営委員会を許して。文句言って下さい。怒るべきです。ドンドン怒って下さい。ダンジョニアン様、あんまりですよ。聞いていますか?マッチョの筋肉怪獣五匹と、三白眼の小僧、イケメン崩れ、眼鏡のチビ女と言った悲しい話です。みんな賭けなくても構いません。ウソです。賭けてね?賭けてくれないと、お金が儲からないから。お願いだってば」
シキールは土下座をして頭を何度もステージの床に打ち付けて懇願を開始した。
おおーっと同情の声が上がった。
「確かに寂しいメンツだよ。賭ける意欲がさっきの美少女達やサシシ・ラーキに比べると格段に落ちるな」
ギャンブラーYはシー老師の隣りで言った。
「スズメ賭ける?」
「そおッスね。これは、率直に読める試合では在るッスよ。スズメは小遣い稼ぎ目的で賭けに行くッス。でも読めるから配当は少ないッスね。シケた試合ッス」
「確かに、ナイフしか持っていない目つきの悪い戦士は負けて、顔の格好いい、お兄さんは弱そうだから負けて、低レベルそうな変な格好の魔術師の女の子も負けですね。つまり、全滅ですね。スズメも同じ考えでしょ」
「そおッス。全く同じッスよ。これ程読める試合は無いッスね」
隣でフラクターの薬売りと称する少女達が話していた。
巨大なテレビの画面では第三パーティと第七パーティのメンバーが交互にクジ箱に手を入れてボールを取りだしていた。
「では、気を取りなおして対戦カードを発表します。そうです。気を取り直すんです。じゃなければやってられません。だって奴等はフォローが出来ないんですよ?一回戦は第三パーティの巨人族の戦斧戦士ギガテラVS第七パーティの人間の騎士マグギャラン。二回戦は第三パーティの人間の戦斧戦士テホーVS第七パーティの人間の戦士スカイ・ザ・ワイドハート。三回戦は第三パーティの岩巨人族の戦斧戦士ウゴルVS第七パーティの人間の魔術師コロナ・プロミネンスです。白ける試合です、どう見ても前座試合ですが我慢して見て下さい。賭けるのを忘れないでね。コレから券売タイムが開始されるから。私、すっかり実況する気がありません」
シキールがステージの上で横になって寝そべりながら左手で頬杖を付いてマイクに喋っていた。
「スズメ、ツバメ私の券を買って来な。三立てで第7パーティの勝ちに賭ける」
シー老師の隣りの娘が言った。
「うおっ、シグレ様、冒険家ッス。いえ失礼したッス。我々は非情の、あれッス。了解ッス」
「判りました」
二人の娘達は走って行った。
「どうみるかね、第七パーティの実力を」 ダンジョニアン男爵は言った。
「そうですね最初はザコかと思っていましたが。百眼魔が逃げ出しましたからマグレとは言えませんね」
ラビリーナが言った。
「そうだろうね。確かにそうだね。だが、今回の試合で、あの魔術師コロナ・プロミネンスの実力が判るよ。基本的に魔術師は攻撃の際に必ず呪文を使うために精神集中や詠唱などの時間が掛かるから、戦士との直接の戦いになる今回の戦いは原則的に圧倒的に不利となる。開始位置は双方、三メートルの距離を取って開始される。これは戦士にとっては格好の間合いだ。特に身長が二メートル八十センチ以上在る岩巨人族のウゴル君には突進して二足未満の距離と、0.1秒以下で戦斧をスイングする、僅かな時間で勝負が付く世界でしかない。戦斧隊は常にダンジョン競技では全滅して負けているが戦士としては悪くはない実力者達の集まりだ。そういう彼等が何時までも負け続けることは観客達の陰湿な喜びを満たす源泉ともなっているのだがね」
ダンジョニアン男爵は笑いながら言った。
マグギャランは武闘台に上った。
そして剣を抜いた。
向こうの方からは三メートル近くもの身長がある巨人族の大男が筋肉を波うたせて上がってきた。
ヒゲの長い巨人族の男が口を開いた。
「我等、戦斧隊は今回は必ず優勝する。そして、混沌の大地がタビヲン王国に併合されて残酷無慈悲なタビヲン貴族の直轄地となって、どのような虐待を受けているのかを表彰台で語るのだ。そして新聞にもテレビにも語る。我等には大義がある。大義無き、お前等に負けるわけにはいかない」
巨人族の大男が巨大な戦斧を構えて言った。
七十キロ以上在りそうな戦斧だった。
「オレ達には多額の借金がある。全額返済するためには、このダンジョン競技で一位にならなければならない。負けるわけにはいかない……不味いな大義の辺りでは負けているかな」
マグギャランは首を傾げながら言った。
「おい、マグギャラン!何、試合前から負けて居るんだよ!勝って来いよ!」
スカイは怒鳴った。
「黙れスカイ。我が剣術ユニコーン流の力を見せようではないか。スピンドル・スラスト(紡錘回転突き)の極意をオレは会得しているのだ」
マグギャランは剣を抜いて構えた。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道