ダンジョニアン男爵の迷宮競技
サファお姉さんが未亡人だったなんて初めて聞いた。だが、サシシ・ラーキの言うことが本当だとは思えなかった。
そう言えばサファお姉さんって何をしているのだろう。理事長は知っているらしいが、メルプル達は誰も知らなかった。
「全部当てずっぽうだ」
サファお姉さんは言った。
「「殺しの秘文字」教とは世間では死に神と呼ばれている神を崇めているのですよ。死に神は何でも知っているのです。あなたが自分に付いている嘘と言う鎧を全て取り外した弱く無力な、あなたを知っているのです。人間とは自分が思っているほど強くは無いのです」
サシシ・ラーキは、優しそうな顔で笑った。
「何が言いたい?」
サファお姉さんが言った。
「あなたは、本当は死んで亡き夫と一緒になりたいのでしょう。私はその手伝いをしようというのです「殺しの秘文字」教の癒しの慈悲の世界に浸りなさい。そうすれば全ては解放されて楽になるのです。死は苦痛を伴いますが全てを解放するのです。さあ楽になりなさい」
サシシ・ラーキは笑みを浮かべたまま両腕を広げて言った。
「お前に何が判る」
サファお姉さんが苦渋に満ちた声で言った。
「辛い思い出は月日と共に朽ちていく物ではありません。月日と共に育って深く根を張って心を蝕んでいくのです。そして巨大な木となり絶望という名の実を結ぶのです。ですが「殺しの秘文字」教の教えに救いを求めれば死と共に救われて楽になれるのです。戦争中で、ろくに満足な葬儀も出来なかったのでしょう。墓標は石を重ねただけ。石に刻んだ言葉は…」
サシシ・ラーキは笑いながら言った。
「言うな!」
サファお姉さんが叫んだ。
「何故だ?何故、あの金髪の娘は武覇山流白炎剣の構えを取っている。しかも、あれは女用に気の運用を変えた白炎剣だ」
シー老師は思わず口走った。
白炎剣は武覇山の代表的な剣術だ。中から高の間ぐらいの難易度を持つ剣術であった。
まさか……
「食うかね。美味いよ」
隣に座っているギャンブラーYがポテトチップスを差し出しながら言った。
「要らぬわ」
シー老師は手で袋を払いのけながら言った。
隣のゴロツキの事など、どうでも良かった。
これは重要な問題であった。
「えっ?美味しいのに。カレー粉を掛けるともっと美味しいよ」
ギャンブラーYはポテトチップスにカレー粉を掛けて食べていた。
何故だ。まさか、あの男がコモンに伝えたのか。可能性は在った。あの武覇山を裏切った男が……行方を辿った末に辿り着いたのがコモンであった。
だとしたら、あの娘に会わねばならぬ。そうすればジーウーとの旅も終着点に辿り着く。
「ふむ、五連クジは外したが、まだ、各試合の単連クジが残っている。それに本命の何対何で勝つかの勝率クジは、まだ判らないな。俺の予想では二対三で悪人同盟が勝つと踏んでいるが」
ギャンブラーYは賭の券を見ながら言った。
「それでは続いて第3パーティ「戦斧隊」と第7パーティ「ザ・ワイドハート」のバトルクジを販売します。そして、そろそろ「借金隊」は人間を超えた怪物へと変貌を遂げている筈です。怖いですね。借金をして返済が出来なくなると怪物に変えさせられるのです。皆さんはくれぐれも、ご返済を考えて借金をしてくださいね。ダンジョニアン金融からのコマーシャルでした」
シキールが持って回った口調で言うと、どっと笑いが上がった。
「何だよ、時間待ちとはどういうことだよ」
スカイは赤い水着のバニーガールに言った。
「現在、第1パーティと、第5パーティが戦っています。あなた達は、この試合が終わるまで待っていて下さい」
赤い水着のバニーガールはツンとした顔で機械のように繰り返した。頭から触角というのか携帯のアンテナの様な物が生えている。
「何だ、あの怪物みたいな筋肉の塊の連中と戦うのか」
マグギャランが言った。
「戦斧隊とか、いうらしいな。何食っていれば、あんな筋肉が付くんだ。普通のプロテインとかじゃないだろう」
スカイは異常な筋肉の塊を見ながら言った。
「いや、ステロイド打っても、あんなに筋肉は、つかんぞ、きっと俺達の知らない方法で筋肉を付けているに違いない」
マグギャランは言った。
「戦斧隊って何だか知っているか?」
スカイはマグギャランに聞いた。
「戦斧隊とはコモンの人間でありながら、暗黒王国タビヲンと戦う原住民や亜人類の味方をするために義勇兵として混沌の大地で戦う人間が入る戦士部隊だ。だが、もう混沌の大地はタビヲン王国に併合されてしまったのだ。タビヲンの四剣士によって。奴等は未だにタビヲン王国に抵抗してるみたいだが時代遅れの遺物だな」
マグギャランは言った。
「それではバトル・クジ第四回戦のスタートです。掛け率はサファ・ナリック5にサシシ・ラーキ4です。それではバトル4!ファイト!」
シキールがゴングを鳴らした。
「直接、戦うつもりはありませんよ。あなたは強いですからね。私のような市井の宗教家には無縁の怖い世界ですから。ゴング前に、あなたの心を破壊できなかった私の負けです。降参しましょうか」
サシシ・ラーキは笑みを浮かべると後ろに跳んで場外に自ら出た。
「なんと、サシシ・ラーキは開始早々、場外へ出て試合を放棄してしまいました!これは意外な展開です!第4バトル!サファ・ナリックWON!」
サファお姉さんはサシシ・ラーキが場外に出て去った後、膝を付いて両手で頭を抱えていた。
確かにサファお姉さんは勝った。でも、様子がおかしかった。
「メルプル、勝たなくて良いから」
楚宇那が不自然な笑顔で言った。
「勝たなくて大丈夫だよ。気負わなくていいから」
ルルが青い顔で言った。
「負けた私が言うのもなんだけど、でも、あと一勝だなんて言わないから。気にしないで負けてきて」
ウロンが左手で右手首の傷を押さえながら言った。
うそだ!
無茶苦茶プレッシャー掛けているじゃない!
メルプルは動揺した。
勝て。
勝て。
勝て。
と楚宇那とウロンの顔に書いてあるようにメルプルには思えた。
メルプルは何故か右腕が動いてガッツポーズをしてしまった。
「良かった、やる気が無いかと思っていた。しっかりと場外に逃げるかギブ・アップして降参するのよ。ボーっとしていたら、殺されるわよメルプル」
楚宇那が言った。
どうしよう。本来なら、どちらかが三たて
で勝負が付いているのに!
最後のメルプルの番まで戦いが、もつれ込んでしまったのだ。
メルプルは上目遣いで武闘台の反対側にいる「悪人同盟」を見てみた。
山賊団「闇の腕」のボス。バーリー・ゾーダーは筋肉質の髯男だ。屈伸をやってアキレス腱を伸ばしている。やる気満々だ。背中の金棒を取り外してブンブンとフルスイングを開始した。
私じゃ勝てるはずはないでしょう!
メルプルは楚宇那を見た。
何か怖い笑い方をしている。
メルプルは背筋に悪寒が走った。
楚宇那の顔には凄みがあった。
「勝たなくて良いから」
楚宇那は言った。
作品名:ダンジョニアン男爵の迷宮競技 作家名:針屋忠道