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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 4

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閻魔曰く、今、地獄が乱れて居るのは、恐らくかなりの大物が、何かの企みを持って、其処で働いている者どもを、青の手この手で懐柔し、甘い汁を吸わせながら、その勢力を広げているとしか考えられない。その場その場の雑魚どもは、叱り飛ばしたり、それなりの罰を与えれば、すぐにでも正常に戻るであろう。しかし、雑魚どもを操る頭目を割り出すとなると、一筋縄では行かない。その頭目が、大物であればある程、自分が窮地に立った時の用意をして居るものだ。
南大門は、無類の記録魔である。しかも、その細部に亘るまでの観察眼と、読めば絵を見る如く理解し易い文章力は、並外れて居る。そこで、彼のノートに呪文をかけ、如何なる場合にも破損・消滅しない様にした。本来は、人間の持ち物に呪文をかけてはならないのだが、ノートが、後で必ず役立つ時が来ると確信して、閻魔自らが、天界の法を犯してまで、かけた呪文である。従って、南大門とやまちゅうの、身の安全を確保する事は云わずもがな、ノートにも気配り忘れぬ様にと、閻魔から申し渡されて居た。
そのノートは、番卒鬼の手に依って、烈灰川に投げ込まれた。川は、そのまま八熱地獄へと流れ込む。
六法堂は、南大門と橘を、喚滅山の安全な場所に移した後、再び烈灰川へ戻り、川下まで隈なくノートを探したが、ついにそれを見付ける事は出来なかった。
ノートが、地獄を操る悪党どもの手に渡れば、閻魔の配慮が無駄になる。それどころか、呪文のかかったノートを、人間が持ち歩いて居たと気付けば、悪党どもは、当然用心し始める。そうなれば、地獄の粛正そのものが難しくなる。

「六法堂。どうしたのじゃ? あんたも空腹か?」
黙って座って居る六法堂に、南大門が、声を掛けた。六法堂は、
「いえ。私は、何も食べずとも平気です。三厭五葷を口にすると、反って疲れます。」
「そうか。しかし、天界の者は、ある意味不幸じゃのう。美味いものを食べる喜びを知らぬ。ああ、それにつけても、腹が減った。青鬼は、未だ来ぬのか。」
と、南大門、知らぬが仏で、六法堂の心配など何処吹く風である。しかし、橘は違った。彼女は、生前、命を掛けて、その日々を暮らして来た。相手が、何も言わずとも、その心を察し、常に先回りして、その相手に対処しなければ、生き抜く事など出来ない世の中であったのだ。彼女は、六法堂が何か不安を抱えて居る事を、確かに感じて居た。
橘は、六法堂に尋ねた。
「六法堂様、何か気がかりな事でも・・・?」
「・・・いや、別に橘に話す事でもないが・・・」
「あなた様は、根がまっすぐで、正直なお方故、わたしには、何となく分かるのです。・・・何のお手伝いも出来ませぬが、話しを聞くだけなら出来まする。話せば、少しは気も楽になろうというもの。」
六法堂は、肩の力が抜けた様な気がした。南大門が、六法堂に、
「やはり、あんたも、腹が減って居ったのか? それとも、青鬼は、食べ物を持って来ぬのか?」
と、的外れの質問をした。橘は、微笑みながら、
「南大門様は、余程空腹なご様子で・・・。でも、結構な事で御座います。そのお歳で、食欲旺盛で居らっしゃる。」
と、六法堂に代わって、言った。

昼をかなり過ぎて、青鬼百二十二号が、食料と薬を持って来た。
そして、六法堂に向かって、
「一昨日、裏金剛で、何やら有りました様で・・・。知り合いの、金剛山の番卒鬼に聞いたところでは、人間に指を焼かれた鬼が居るとか・・・。その人間、鬼を鬼とも思わぬ輩で、被害にあった鬼も、すぐさま後を追ったのですが、ついに捉える事が出来なかったそうです。」
と話した。青鬼の話す人相、風体で、三人は、それがやまちゅうであると、すぐに分かった。
六法堂は、その人間が、やまちゅうという名で、彼らの連れである事を、青鬼に話した。そして、出来れば、彼と繋ぎを付ける様に頼んだ。そして、三人は、やまちゅうが無事であった事を喜び合った。
「しかし、鬼の指を焼くなどとは、やまちゅうも、なかなかやり居るわい。」
と、南大門が、面白そうに言った。青鬼は、それを受けて、
「はい、まったくで・・・。金剛山の見廻り番頭も、前代未聞の事じゃと、言って居ったそうです。」
と、応えた。
南大門と橘の二人が、食事を終えると、青鬼は、帰って行った。そして、六法堂も、二人を残して、辺りの様子を探りに、再び出かけた。
烈河増の喚滅山は、その高さ五千由旬。山の向こうは、八熱地獄の一つ、等活地獄がある。
この山へ送られた人間達は、切り立った崖をよじ登り、天を突く様な頂きを越えて等活地獄へ入る。余程の悪行を積んだ者でなければ、喚滅山へ送られる事は無い。
それだけに、この山を管理するのは、地獄の中でも、残虐非道の看板を背負った鬼達ばかりである。烈河増では、以前述べた様に、秦の初代皇帝であった、思考停止が送られたのが、最も新しい。しかし、他の四門地獄からも、極悪人達が、この山へ投げ飛ばされる。そして、心の底から改心を誓うまで、鬼達から、徹底的に、彼らの肉体や精神を痛めつけられるのである。まったく、堪ったものではない。
六法堂は、この山の比較的なだらかな岩場の辺りから、山頂に登ってみる事にした。まずは、人間達が、どれ程の数いるのかを、知りたいと思った。何故なら、彼の記憶が正しければ、今、喚滅山には、およそ七百人程の人数が居なければならない。
六法道の計画は、山頂に向かう途中、まず小手調べになだらかな岩場で、わざと鬼に見付かり追い回される。それから順次、峻嶮な岩場へと逃げて行く。
恐らく人間達の半数は、なだらかな岩場で、熱い灰を頭から浴びせかけられ、のたうち回っている筈である。此処で九回意識を無くした後、鉄棒で潰されたり、斧でバラバラに刻まれながら、蘇生しては、山頂へと迫る。潰され、刻まれる事九回で、やっと山頂へ辿り着く。辿り着いたら、休む間もなく等活地獄に投げ込まれる。そこで、また塗炭の苦しみを味わわされる。
この様な苦しみを味わいながら、八熱地獄すべてを巡り、生前の罪業を、徐々に消して行くのである。
六法堂は、周囲に気を配りながら、徐々に山の上方へと進む。かなり登って来たが、人影はおろか、その気配さえもしない。時々、山の中腹辺りで吹く風の音が聞こえて来るだけである。本来なら、鬼や人間達の声が、風に乗って聞こえても不思議はない。むしろ、その方が自然である。三合目まで登ったが、虫けらさえも見当たらない。
三合目付近から、勾配が急になる。
六法堂は、もう少し先へ進むべきか否か考えた。明らかに、喚滅山は異常である。先へ進んで、一体何が起きて居るのか探りたい。しかし、もしも自分に何か起きれば、南大門と橘が、二人だけ取り残される。青鬼百二十二号が居るには居るが、二人は、青鬼とテレパシーでの交信が出来ない。最悪の場合、二人は、数千年の間、地獄に留まらねばならぬ恐れもある。
そこまで考えて、六法堂は、先へ行くのを諦めた。阿鼻叫喚の光景が広がっている筈の岩場に、人っ子一人見当たらない。何が起こって居るのか、もう一度考え直す必要も感じたからである。
夕方、南大門と橘の待つ岩場へ帰った六法堂は、二人に、彼の見たままを話した。南大門が、