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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 4

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と応えた。その言葉に、やまちゅうは、
「うるさいっ! 顔の話は、するなっ!」
と本気で怒った。彼は、余程、自分の顔の創りを気にしているのであろう。

やまちゅう達三人が待つうちに、勝忠の家臣達は、近くに隠れ住む同志と一緒に、一人、二人と帰って来た。
主だった顔ぶれが揃ったのを見届けた勝忠は、彼が、やまちゅうと出逢った時からの事を、詳しく話した。
そして、最後の言葉として、
「此処にこうして住みついて、人間達を鬼から守りながら、折が有れば、鬼退治をするのも面白い。しかし、わしは、この際、やまちゅうに手を貸して、地獄の大掃除をやってのけようと思う。皆も、わしと行動を共にして欲しい気はやまやまなれど、決して無理強いをする気など無い。此処に残りたい者は、遠慮なく残ってくれ。どちらも、この世界へ来る人間の手助けとなる事に変わりは無いのであるから。」
みんなの前でと言った。その場の者達は、それぞれ隣同士で、あるいは気の合う者の処へ行き、どうしたものかと話をした。
やまちゅうは、彼らから少し離れた処で、皆の考えが纏まるのを、黙って待った、果たして、この連中の中から、何人が、自分や勝忠に賛同するだろうかと思いながら…。
話しは、やまちゅうが思っていたより、案外早く着いた。その場の者全員が、勝忠に対面した形で座っている。
まず最初に、後藤又兵衛が立ち上がり、
「わしは、勝忠と共に行く。此処で何時まで続くか知れぬ戦いを続けるより、いっそ地獄へ乗り込んで、思う存分暴れてくれよう。そして、その後で、潔く地獄で生前の罪滅ぼしをして生まれ変わりたいと思う。」
と、大きな声で、きっぱりと言った。
又兵衛の言葉をかわきりに、次々立ち上がり、我も我もと全員一致で、やまちゅう達の手助けをする事に決まった。
勝忠は、皆に深々と頭を下げた。そして、
「これで決まりじゃ! 今日より後、我等の思いが成就するまで、皆の命、この本多勝忠が預かった!」
と、声高々に言い放った。

勝忠の言葉を合図に、家臣たちが、酒肴を運んで来た。
その場は、さながら、この場に居る大方の者が生前経験した、合戦前夜の酒宴の様相を呈してきた。久々に皆が顔を合わせた事も手伝って、場はいやが上にも盛り上がった。
誰かが、勝忠と又兵衛に、鬼を退治した時の話を所望した。ほろ酔い気分で勝忠が立ち上がり、身ぶり手ぶりで面白おかしく話す。彼の一挙手一踏足に、一同やんやの喝さいを贈った。いずれも劣らぬ強の者、
「この地獄へ来てまでも、合戦が出来るとは思わなんだ。腕が鳴って、しょうがない。どれ、腹ごなしに、ひとつ相撲で力比べと行こう。」
誰言うとなく、そんな成り行きで、東西一人ずつ武将が担ぎ出された。やまちゅうは、面白い事になってきたぞと、酒と肴を持って少し小高い岩の上から、高みの見物を決め込んだ。

古の合戦同様、勝負を始める前に、それぞれが名乗り合う。
「我は、その昔、清正殿と共に海を渡り、彼の国にて、初めて焼き肉の美味さを知る。また、キムチーなるものをも食し、その辛さに一丈程も飛び上がり、以来、唐辛子嫌いになった、伴団右衛門である。力自慢は、云わずと知れた事。さあさあ、怪我をしとうなくば、闘う前に詫びを入れよ。」
「かたや我は、その昔、馬ではなく、象にまたがりお馬の稽古・・・ではなくて、象にまたがり赤道近き南方の国で、日本男児此処に在りと歌われた。鎧兜に身を包み、その内側は、汗まみれ。いや~~、もう南方の国の暑さといったら・・・。じゃが、それでも、じっと我慢の子であった。伴団右衛門とか申したな? は~~?  さっぱり聞かぬ名前じゃのう。『闘う前に詫びを入れよ』じゃと? 痩せても枯れても、象に乗った虎と、敵に恐れられた山田長政じゃ! うぬの様な小童(こわっぱ)に遅れなど取ろう筈など無いわ!」
二人が、口上を述べる度に、周りは、どっと涌く。二人の対戦が始まれば、それぞれを励ます声、声、もひとつ声。

皆が楽しんでいる中、勝忠が、一人の男を伴って、やまちゅうの傍に来た。そして、
「やまちゅう。おぬしが、どうしても鬼の棲み家に行くのなら、この男を付けてやる。わしの家臣の、帆阿倉肝蔵(ほあくら・かんぞう)じゃ。見ての通り小柄じゃが、小太刀の使い手で、身のこなしも、わしが太鼓判を押す。必ず役に立つ故、連れて行くが良いわ。」
と言った。やまちゅうは、自分は、地理に疎いので、有り難く申し出を受けると言い、勝忠の親切に感謝した。そして、早速、明朝暗いうちに、ダルタニャンニャンと三人で出発したいと話した。
勝忠は、くれぐれも気を付ける様言い残し、酒宴の席に戻った。

(三)

どんよりとした雲の下、辺りがやや明るさを増し、朝を迎えたと分かる。
大鬼に投げ飛ばされ、体中の痛みで身動き出来なかった、南大門と橘は、どうにか歩ける様になった。
烈灰川にも増して、過酷な苦痛が待ち受けるという、岩肌をあらわに見せる喚滅山で、彼等は、三日目の朝を迎えた。
六法堂は、二人の看病に殆ど付きっきりであった。彼は、人間と自分の様に天界に住む者との違いを、改めて実感している。
六法堂は、烈灰川に入っても、熱さ一つ感じる事は無かった。しかし、今、傍に居る二人も含め、川の中で苦しみ、叫び、気を失って流されて行く人間達を目の当たりに見て、えも言われぬ感情が、彼の体内を走った。これほどまでに過酷な、罪の清算をしなければならぬ人間界とは? 僅かな日数ではあるが、実際に行動を共にして、確かに人間は愚かで、罪の意識が極端に少ない生き物だと、彼は思った。しかし同時に、以前地蔵が言った様に、その愚かさや救い様の無い欠点を、どの様な精神構造と脳内回路でそうなるのか未だ理解出来ないが、他人を思う心や行動に繋げる術も持ち合わせて居る。人間とは、割り切れない、不思議な生き物であると思う。

「六法堂よ。腹が減ったぞ。何か食べ物をくれんか。」
南大門の口が停まって居たのは、ほんの一日足らず。当に口から先に生まれて来たのであろう。
「ターちゃんは、慎ましやかな人柄故に、黙して語らずじゃが、若いだけに、わしよりも空腹を感じて居る筈じゃ。あんた、女性にひもじい思いをさせつつ、其処へ座ったまま動かぬのか。」
と、まあ思った事は、一切遠慮なく吐き出す。六法堂は、
「今は、動けません。この山で安全なのは、此処だけです。昼間行動して、誰かに見付かればどうなるか分かりません。青鬼百二十二号に頼んでおきましたから、そのうち何か持って来ると思います。それまで、我慢して下さい。」
と、応えながら、これから如何に動くべきかを考えて居る。彼一人なら、どの様にでも思いのままに出来るが、動ける様になったとは云え、南大門も橘も、まだ十分回復したとは言えない。そのうえ、齢80になる老人と力ない女性の二人である。
それに、彼は、もう一つ気になって居る事が在る。それは、南大門が、閻魔殿を出発して以来、道々の事柄を余す事無く書き記して来たノートの行方である。閻魔殿を出発する前に、閻魔は、六法堂を呼び、彼にだけ南大門が記録を続けているノートの事を話した。