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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 4

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勝忠たちは、あっという間に崖をよじ登った。やはり年期が入って居る。やまちゅうは、やや遅れて崖の上に立った。
「やはり、四百年も此処に居ると、身のこなしも手慣れたものだな。切り立った崖を、みんな、猿みたいにスルスル登る。」
と、やまちゅうは、言った。勝忠は、笑いながら、
「この様な事くらい簡単に出来なくては、此処では生きて行けぬわ。何しろ、この山に居る鬼の数は、わしらが知って居るだけでも、五十は下らん。それに、一匹いっぴきが、あの大きさじゃ。猿にも勝る動きと、人間の優れた知恵を併せ持った者だけが、生き残って来たのよ。」
と、言った。そして、
「どれ、おぬしに、他の仲間たちを引き会わそうぞ。」
と、家臣たちに、別の場所に居る者達への繋ぎをとる様に指示した。家臣たちは、それぞれの方向へ、あっという間に消えて行った。
「えっ、他にもまだ誰か、仲間が、居るのかい?」
と聞くやまちゅうに、
「ああ、居る。それぞれ散らばって棲み、必要に応じて行動を共にして居る。皆、信用するに足る者達ばかり故、案ずる事は無い。」
と勝忠は、
「家臣が戻るまで此処で待つとしよう。」
と、岩の上に腰を下ろした。
崖の上には、やまちゅう、勝忠、ダルタニャンニャンの三人だけになった。
勝忠の家臣達の帰りを待ちながら、やまちゅうは、何故、勝忠達が此処に棲む様になったのかを尋ねた。勝忠は、話し始めた。

勝忠の死後、彼は、閻魔殿で極楽行きの沙汰を貰った。しかし、閻魔殿の執務室を出た処で、彼は、ある人物と出くわした。後藤又兵衛次基である。
生前、徳川の軍勢が、大阪城を攻めた時、大坂方の武将として城に居た又兵衛は、徳川の軍勢を相手に獅子奮迅の働きをして、勇名を馳せた。その時、勝忠は、一度又兵衛と手合わせをして見たいものだと思って居たが、その機会を得ぬままに、戦は徳川方の勝利となった。以来、二人は、戦で相まみえる事も無く、互いにそれぞれの一生を終えた。
しかし、縁は異なもので、二人は、閻魔殿で出逢った。
勝忠は、又兵衛に、自分の名を名乗り、地獄極楽のどちらへ行く事になったのかを尋ねた。又兵衛は、清々しい表情と供に、
「有り難い事に、地獄行きとあいなった」
と答えた。
勝忠は、地獄へ行くのが何故有り難いのかと尋ねた。応えて又兵衛、
『生前、例え理由はどうであれ、多くの人を殺して来た。わしは、自分が殺した武将達の名を、いちいちサラシに書き込んで、それを戦の度に腹に巻き戦場に出向いた。そして、合戦が始まる前には、何時も彼らに言った。わしが死んだ時は、おぬしたちに代わって地獄へ行ってやる。もし、おぬしたちが、地獄で塗炭の苦しみに耐えかねて居るなら、わしを呼べ。名のある敵の武将に乗り移り、わしを切り刻むなり、串刺しにするなりして早う地獄へ送りこめ。わしが、おぬしたちの苦しみまで一人で全て受けてやる。』
と、誓いをたてたと言う。それを聞いて、勝忠は、例え僅かな間でも、極楽行きを喜んだ自分を恥じた。戦には勝ったが、人として又兵衛に負けたと思った。
勝忠は、執務室へ引き返し、地獄へ行かせろと閻魔に談判した。しかし、閻魔は、それはならぬと言った。何度頼んでも埒が明かない。仕方ないから、勝忠は、傍に居た女子の腕を掴んで引き寄せて、その女子の尻を撫で回した。閻魔は、前代未聞の事じゃと怒って、勝忠は地獄行きへと沙汰が変わった。
勝忠が、地獄への道を辿ろうとして閻魔殿を出ると、家臣達が、皆、待って居た。極楽行きの沙汰を貰った者は、此処で別れようと幾ら言っても、皆、彼に付いて来た。
金剛山の中腹辺りまで来た時、大きな鬼と立ち回りをして居る又兵衛に出会った。又兵衛も強いが、何しろ相手は三メートル近い大鬼。最初は互角に戦っていたが、又兵衛は次第に圧され始めた。そこで勝忠は、又兵衛の助太刀をして、何とか二人で鬼を仕留めた。
二人は、地獄で最初に鬼を殺した「おたずね者」となって、金剛山を逃げ回る事になった。
金剛山をうろついて居る間に、地獄へ行く多くの人間たちが、意味も無いのに、鬼たちに虐められているのを、何度も見た。地獄で苦しむ前からこれではあまりに人間が可哀そうだと、いっそ二人で金剛山の鬼退治をしようという事になった。
以来、此処を通る気骨のある者は、自ら進んで勝忠達の仲間に加わり、今ではその数二百程にもなって居る。
「この南蛮の武将も、訳が分からぬまま此処に残り、わし等と共に戦っている者の一人じゃ。」
と、勝忠は、結んだ。
「へえ~。そうなのか? ・・・それで、この辺りに居る鬼どもは、悪党ばかりかい?」
と、やまちゅうが聞くと、
「さあな。何が悪党かは、わしには分からぬが、大抵の鬼どもは、此処を通る人間達の持ち物を盗り上げたり、面白がって追い回したりして居る。中には、奴らに攫われて、酒宴などで酌をさせられる女も居る。女達は、地獄へ着くまでに、既に地獄を味わわされて居るようじゃ。」
と、勝忠が答えた。
勝忠が言うには、金剛山には鬼の棲み家が二か所在る。一つは、大方の人間が通る道沿いに在る。もう一つは、通常通る道から遥か離れた処にあり、閻魔殿よりも立派な造りである。其処へ出入りできる鬼は限られている。そして、人間達も数人ずつ、其処へ定期的に連れて行かれる。だが、何故か、其処へ行った人間達が、帰って来る事は無い。多分、鬼たちの食料にでもなって居るのであろう、奴らの好物の一つは、人間の生き血だから。
勝忠は、以前一度だけその棲み家に侵入を試みたが、あまりにも警護が厳しく、外壁に近付く事すら出来なかった。
「何処に在るんだい、その御立派な棲み家というのは?」
と聞くやまちゅうに、勝忠は答えて、
「おぬし達が、夜明かしをした峰から五つ目の峰の裏側じゃ。此処は、三つ目の峰の中腹を僅かばかり逸れた辺りじゃ。」
と言った。
「それじゃあ、奴等の棲み家まで、以外に近いじゃないか。あんたの話を聞くと、その棲み家は、どうも妙な感じだな。俺が、ちょいと見に行って来る。」
という、やまちゅうに、とても一人で行ける処ではないと、勝忠。
「なあに、構うもんか。忍び込むのが大変なら、堂々と正面から入るまでだ。俺は、美味そうに見えるだろう?だから、ひとつ餌にでもして下さいと、頼んで見る。」
「それは、あまりに無謀じゃ。それに・・」
「それに・・・なんだい?」
「お世辞にも、お前は、美味そうには見えぬ。」
「勝忠の親分も、面白い事を言うなあ。人を顔で判断するなよ! こんな顔の人間の血が、実は暖かくて美味いんだ!」
それまで二人の会話を黙って聞いて居たダルタニャンニャンが、
「ワタシ、イッショ、イキマス。」
と、たどたどしく言った。二人は、日本語を話した彼に驚いた。
「おぬし、この国の言葉を話せたのか・・」
という勝忠に、
「モウ、ココ二、ハクネン(百年)、イルカラ、チョット、ワカル。デモ、イママデ、ハズカシイ、ダッタ。」
と、ダルタニャンニャンは、笑いながら言った。やまちゅうが、少し考えた後に、
「そうだな、一緒に行くか。鬼も、たまには、南蛮人の血を吸いたいかも知れないからな。」
というと、ダルタニャンニャンは、
「ハイ、ソウネ。ソレニ、ワタシ、ヤマチュウヨリ、タクサン、オトコマエ。」