あの世で お仕事 4
「摘み上げられて、身動き出来なかったから、これで、ちょいと奴の指を燃してやったんだ。」
と、ライターに火を点けて見せた。武者は、やまちゅうから手渡されたライターを、まじまじと見た。そして、
「この中の水が・・・燃えるのか? 油ではない様じゃが・・・」
という武者に、やまちゅうは、
「ああ、その中身は、液化ガスというものだ。・・・そうか、・・あんたたちの時代には、まだこんな物は無かったんだな。まあ、簡単にいうと、新型の火打石だ。俺達は、この火打石を、ライターと呼んでいる。」
と話し、彼に火の点け方を教えた。武者は、自分で火を点けて喜んで、
「これは至極便利な火打石じゃのう。若造、この様な珍しいものを、一体、何処で手に入れたのじゃ?」
と尋ねた。やまちゅうは、
「話せば長くなるが、これは、あんた達が生きていた頃よりも、ずっと後世に発明された物だ。俺は、死にたてのほやほや・・・。あんた達の姿を見る限り、俺達の死んだ時期には、数百年の隔たりが有る様だ。」
と、応えた。それを聞いた武者達は、一様に驚きの声を上げた。そして、
「わし等に遅れる事、数百年などとは・・まったく信じられん。第一、わし等が、此処に来てから、まだ1年余りしか経っておらぬ筈・・・」
などと、口々に話した。
やまちゅうは、戦国時代から現代までの、日本の歴史の経緯を掻い摘んで話した。そして、
「だから、あんた達が、このライターの存在を知らなくても、何の不思議もありません。」
と締め括ったが、目の前の武者達には、俄かに信じられるものではなかった。
「まあ、世の中には、信じられない事が五万とある・・という事で・・・」
結局、やまちゅうは、助けられたお礼にと、ライターを武者に差し出した。そして、他の者には、彼が後生大事にしていた、残り少ない煙草を一本ずつ渡した。
「おお、名乗りが遅くなったが、わしは、本多勝忠と申す。此処に控える者達は、一人を除いて、わしの家臣どもじゃ。」
と、首領らしき男が、自己紹介をした。そして、家臣も、皆それぞれに彼らの名を名乗った。
「ああ、これは、ご丁寧な事で・・・。俺は、やまちゅう。」
と、やまちゅうは、簡単に名乗り、
「ところで、あんた、徳川四天王の一人と呼ばれて居た、あの本多さんかい?」
と尋ねた。聞かれて勝忠は、
「如何にもそうである。」
と、姿勢を正して答えた。勝忠は、彼より数百年も後に死んだやまちゅうが、自分の名を知っていたという事に、大層喜びを感じた風であった。
「それは、良い人に巡り会えた。俺は、あんたの事は、本でしか知らなかった。しかし、四天王の中では、嘘も隠しも無く、あんたが一番好きだった。単純というか、馬鹿正直というか、その気性が、堪らなく好きでしょうがない。」
やまちゅうの言葉を聞いて、
「我が殿を、馬鹿呼ばわりするとは、何事じゃ!」
と、周りの家臣たちが色めきたった。しかし、勝忠は、それを制止し、
「まあ、良いわ。ところで、わしの事は、後世の文献などには、どの様に書かれて居るのじゃ?」
と聞いた。やまちゅうは、彼の事も含め、徳川に関係のある武将に付いて、あらかた話して聞かせた。現代と違い、彼らの生きて居た時代の者は、以外に涙もろい。彼らは、身近な武将の話を聞き、懐かしさに涙を流した。そして、何より、かれらが礎を築いた徳川の時代が、三百年もの間続いたと聞いて、声を上げて泣きながら喜んだ。
「わしらが、命を掛けて働いた事が、無駄にならなかった。子孫の者たちが、幸せに暮らせただけで、何も言う事は無い。」
と、肩を抱き合い泣いた。暫くはやまちゅうも黙って見て居るより他なかった。頃合いを見て、やまちゅうは、
「ところで、勝忠の親分。さっきからあの奥まった辺りで、一人だけ静かに、こちらを眺めている方はどなたで?」
と、最初から気になって居た事を尋ねた。
「おお、忘れて居った。あの者、おぬしと同様に鬼から救ってやったのじゃが、南蛮の者らしく、言葉が分からぬのじゃ。まあ、悪い奴ではなさそうなので、此処で一緒に暮らして居る。」
と、勝忠は、答えた。やまちゅうは、俺に任せろ。俺は、異国の言葉が少々使えると言って、南蛮人の方へ近付いた。
「キャン ユー スピーク イングリッシュ?」
という、やまちゅうに、
「イエス。 アイ キャン。 バット リトル オンリー。アイム ノット イングリッシュ オア アメリカン。」
と南蛮人は、答えた。周囲にどよめきが起きた。勝忠を始め、
「おお、言葉が通じた様じゃぞ! あの南蛮人が、何か話したわい。」
と、驚いた。やまちゅうは、暫く彼と話した。
「名前は?」
「私の名前は、ダルタニャンニャンです。フランス人です。」
「ええ? もしかして、あんた、あの四人目の三銃士の、ダルタニャンニャンかい?」
「はい、四人目かどうかは、分かりませんが、フランスで剣士でした。閻魔殿から、四門地獄へ行く途中、道に迷って鬼に追われていた処を助けて頂きました。」
「そうかい。そりゃ、良かったな。」
と、やまちゅうは、応え、会話の内容を勝忠たちに伝えた。そして、ダルタニャンニャンが、大変有名な南蛮の武将であると云う点を強調した。
勝忠たちは、南蛮人が、生前武将であった事で、彼に親近感を覚えた。そして、やまちゅうが間に立ち、たどたどしくではあるが、話が弾んだ。そして、彼らが、何処で調達した物なのか定かではないが、酒を酌み交わし、笑い合った。
ダルタニャンニャンと家臣たちが、身ぶり手ぶりで、面白おかしく話している中、やまちゅうは、勝忠を洞窟の外に誘った。
彼は、知り合って間もない勝忠を、真の武将であると感じた。ここは一番、地獄へ来た目的を話し、何かの時には、一緒に戦おうと、勝忠に持ちかけて見る気になったのだ。
勝忠は、やまちゅうの話を、俄かには信じられない様であった。
しかし、生前勝忠の主人である、徳川安尉慧と昵懇であった、橘の事を話すに至り、たちまち膝を乗り出して話に聞き入った。
「して、橘どのは、今、如何して居られる? 五体満足であられるのか?」
と聞く勝忠に、やまちゅうは、南大門が、橘にベタベタして居る事を除き、彼の知る限りの事を話した。勝忠は、
「よし、心得た。何かの時などと云わず、早速、只今から行動を共に致そう。このわしを男と見込んで話してくれたお主に、わしらの行く末を委ねるのも、また一興じゃ。なあに、もう既に一度は死んだ身じゃ。こうなれば、例え何度死んでも同じ事じゃて。」
と、判断は早い。彼は、家臣達にこの事を話をする為に、洞窟の中へ入って行った。
勝忠が居なくなり、やまちゅうは一人、事前に六法堂と相談すべきだったかと、束の間考えたが、事は、後の祭り。それに、気が付けば、夜が明けて居る。
(あちゃ~、きっと六法堂が、イライラしているぞ。)
と、テレパシーで彼を呼んだ。
六法堂と僅かの間交信をしていると、洞窟の中からドヤドヤと皆が揃って出て来た。そして、一人ずつ、慣れた身のこなしで、崖をよじ登り始めた。六法堂には、肝腎な事の一つも話せないまま、やまちゅうは、彼等の後に続いて崖を登る事に集中した。
作品名:あの世で お仕事 4 作家名:荏田みつぎ