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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 4

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(・・・ちょいと歩き過ぎたか。まあ、朝までには帰れるだろうから、もう少し先へ行ってみるとしよう。・・・しかし、宇土の爺さんの女好きときたら半端なもんじゃないな。女性を前にした時の、爺さんのにやけた顔を見たら、あの人が、世界的に有名な科学者だとは、だ~れも想像など出来ないだろうな。)
などと、取り留めのない事を考えながら、時々立ち止まっては、珍しい形の木や草など見る。
彼にとっては、夜も昼も関係無い。人間界に居た時もそうであった。思い立ったら、頭より先に体が動いている。彼の周りに居る者は、朝起きた時、彼が家の中に居なくても、全く気になどしなくなっていた。
『ああ、知り合いの、また知り合いの、そのまた知り合いが困っているとでもいう理由で、どうせ何処かをうろついて居るんでしょう。』
などと、冷めた目で見られていた。要するに、医者がさじを投げた状態であった。
(おっ、何だ、こりゃ? 葉っぱの形がひし形じゃないか・・・。まったく、何の意味が有ってこんな形なんだ? 六法堂みたいに、角の落ちていない杓子定規な植物だなぁ・・・ありゃっ、まあ、魚が空中を飛んでるぞ!・・・どーなっているんだい、この世界は?・・美味いか、不味いか・・・捕まえて持って帰って六法堂に聞いてからにしよう、食べるのは・・・)
こんな調子で、どんどん歩くものだから、彼が気付いた時には、一つ目の峰を越えて居た。
すぐ眼の先に、次の峰が見える。彼が、その峰を目指して歩こうとした時、
「こらっ! 其処の人間! お前も地獄が怖くて逃げて来たのか! 今夜は、お前で五人目だ。引っ捕まえて一気に四門地獄まで投げ飛ばしてやる!」
と大声で怒鳴られた。一体、誰だ? と、振り向けば、其処には、やたら凄い形相の鬼が、やまちゅうを睨み付けていた。
「あんた、この山の番人かい?」
と、やまちゅうが尋ねた。
「そうだ! 金剛山の見廻りをして居る鬼様だ!」
と、鬼は、胸を張って言った。
「へえ~、そうなのか・・・。俺で、五人目だって?」
「ああ、そうだ。地獄が怖くて逃げだす奴は、必ずこの道を通るのだ。今夜は、度胸の無い人間が多いのか、忙しくて、気を抜く暇も無いわ。」
「そんなに忙しいのなら、此処で俺を見逃すってのは、如何なもんだ? ・・・あんたも、楽が出来るぞ。」
「黙れっ! この期に及んで、まだ助かりたいのか! この俺様に、大人しく四門地獄へ投げ飛ばされて、修行の後、再び人間に生まれたら、今度こそ真面目に生きて、閻魔さまから極楽へ行く御沙汰を貰え。」
鬼は、そう言って、やまちゅうを掴もうと大きな手を伸ばした。掴まれては大変だと、やまちゅうは、逃げ出した。しかし、鬼の速さには敵わない。たちまち襟首を掴まれて、身動き出来なくなった。
「観念して、地獄へ飛んで行け!」
と、鬼は、まるで小石でも投げるかの様に、やまちゅうを、頭上に持ち上げた。やまちゅうは、咄嗟に、
「ちょっと待ってくれ、鬼の兄さん。俺も観念した。・・しかし、この世の名残に、煙草を一服吸わせてくれ。そして、気分が落ち着いたところで、俺を投げ飛ばすというのは如何なものだ?」
と、苦し紛れの頼みをした。鬼、やまちゅうを頭上に掲げたまま暫し考えて、
「そうだな。一服しろ。しかし、下には降ろさぬぞ。」
「ああ、いいとも。恩にきるぞ。・・・あんた、以外に良い鬼だな。」
と、やまちゅうは、おもむろに煙草を口に咥え、ポケットからライターを取り出した。
「・・あちっ! あち、ちっ、ちっ!・・・」
と、突然、鬼が叫んで、やまちゅうを掴んでいた手を放した。やまちゅうが、ライターで、煙草の代わりに鬼の指に火を点けたのだ。燃え始めた指の熱さに、狂いまわる鬼。その間に逃げ出す、やまちゅう。鬼は、自分の足で、燃える指を踏んで、火を消した。そして、
「こいつめ! 何という事をするんだ!」
と、物凄い形相で、やまちゅうを追い始めた。
今度捕まったら、もう逃げ様は無いとばかりに、やまちゅうは、一目散に道を駆けた。しかし、彼を追う鬼も必死である。グングンその距離を縮めて、やまちゅうに迫ってくる。脇に逸れようにも、低く繁った小木が邪魔をして道伝いに逃げるより方法が無い。ついに、追いかける鬼の足音が聞こえる様になった。このまま捕まるのか、と思いながら逃げるやまちゅうの腕を、突然、何処かから物凄い力が掴んだ。そして、彼を、そのまま道脇の茂みの中に引き込んだ。思わず声を上げようとする、やまちゅう。しかし、その口は、大きな手に依って塞がれ、息をする事も出来ない。そのままじっとしている外は無い、やまちゅう。間もなく鬼が、物凄い勢いで、茂みに隠れた彼の目の前を走り抜けた。
鬼が走り抜けた後も、やまちゅうの口は、暫く塞がれたままであった。そして、鬼の気配が遠退くのを待っていたかの様に、
「・・安心しろ。敵ではない。」
と、押し殺した、だが、しっかりと落ち着いた声が、背後からやまちゅうに言った。彼は、声の主に頷いた。声の主は、覆っていた手を放した。やまちゅうは、振り返って声の主を見た。
何とそれは、具足を身に纏った戦国武者であった。その武者は、
「此処に長居は禁物じゃ。若造、その気が有れば、わし等の後に付いて来い。」
と言い、さっさと森の奥へと向かった。
やまちゅうは、彼の後に続いた。尾根を四~五十メートル下った辺りからは、ごつごつした岩場が続く。武者は、皆で三人。ザンバラ髪を後ろで束ねて居る。彼らの岩場の進み方を見て、三人とも、かなりな強者だとやまちゅうには分かる。
三人は、巧みに岩を飛び越え、あるいは、狭い岩間をもスルスルと澱み無く滑り抜ける。
やがて、大きく切り立った崖っぷちに出た。下は、暗闇。どれ程の高さが在るのか全く分からない。やまちゅうは、小石を谷間に投げ落として見た。五秒、十秒・・・。小石は、闇に吸い込まれただけで、音一つ聞こえなかった。
尾根で話した武者が、やまちゅうを見て、微かに笑顔を造った。そして、顎で、これから進む方向を教えた。彼は、無言で、目の前の切り立った崖を下りろと言って居た。他の二人の武者が、先に進んだ。
切り立った崖の淵に、人の足がやっと掛かる程度の突起が在る。その突起に上手く足を置き、手を掛けして、崖を下りる。
二十メートル程下りると、かなり広い平らな岩場が在り、その奥に洞窟があった。
武者は、慣れた足取りで、その中へ入って行った。やまちゅうも、後に続いた。
ほんの五~六メートルも奥へ入ると、畳十枚分程の広さになり、其処から奥は、行き止まりである。
中には、三人の外に、これまた一見只者ではなさそうな鎧武者が、数人座って居た。彼らは、新客のやまちゅうをジロジロと、品定めするかの様に見詰めた。
やまちゅうが、鬼に追われるのを救った武者は、洞窟の奥まった部分の中央にどっかと腰を下ろした。周りの武者たちは、彼に軽く頭を下げた。腰を下ろした武者は、
「おぬし、何処から逃げて来た?」
と、やまちゅうに聞いた。やまちゅうは、閻魔殿を出てからの事を、彼らの前で簡単に話したが、本当の目的は話さなかった。武者は、
「そうか。・・ところで、先程、鬼が何やら悲鳴に似た声を上げ居ったが、おぬし、何かやらかしたのか?」
と、尋ねた。やまちゅうは、