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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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あの世で お仕事 3

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店を出た彼女は、造り酒屋の近くにある一杯飲み屋で働きながら、杜氏が大阪へ帰る日を待った。女は、一緒に帰るという約束を信じて待っていたが、男は、黙って去ってしまった。
彼女は、男の後を追い、間もなく竹原の郷から姿を消した。一杯飲み屋で馴染みになった船頭に頼み込んで、船で大阪まで行ったのだ。
大阪へ着いたものの、男は見付からず、他に頼る宛てもない。食い詰めて、流れながれて、娑婆の苦界へ身を沈めるに至った。幸か不幸か、彼女は美形で、評判になり客も付いた。
客の一人に、若き日の徳川安家が居た。彼は、後年江戸に幕府を開いた男である。彼女の物おじしない度胸の良さを、安家は好ましく感じた。暫くして、安家は、彼女を大阪の彼の別邸に住まわせるまでの仲になった。
別邸で破格の待遇を受け、彼女は、安家に尽くし安穏とした暮らしを暫くは楽しんだ。しかしある夜、別邸に安家の暗殺を企てる賊が侵入してきた。折も折、その日は家臣を交えての酒宴の後。皆、必死に主人を守ろうとするが、じわりじわりと圧されて来た。味方は、一人二人と減って行く。ついに安家一人賊に囲まれ、もはやこれまでと観念した。その時、彼女は、何処からか火薬の詰まった小樽を持って来て、賊どもを威嚇し、安家を逃した。その後、自ら火薬に火をつけ、賊の中へと飛び込んだ。
「何とも勇ましい話だなあ。しかし姉さん、あんたの助けが無かったら、日本の歴史は変わって居た。何にしても、徳川さんの世になって、三百年は戦の無い時代が続いたのは確かだぞ。あんた、良い仕事をしたねぇ。」
と、やまちゅうが、彼女に言った。そして、
「そう云えば、身の上話に気を取られて、まだ名前を聞いていなかった。あんたの名前は、何て~の?」
と尋ねた。
「私の名は、橘といいます。尤も、親から貰った名ではありませんが・・・」
と、答えた。

閻魔殿を出発してから四日目の夕方、彼らは、裏金剛の麓に着いた。其処で一泊して、再び山を越える事になる。

裏金剛を、山頂へと登り始めてから暫くして、やまちゅうは、六法堂に言った。
「ロクさん、俺は何だか妙な気分なんだが・・・以前もこんな景色を見た様な気がする。」
六法堂は、笑いながら答えた。
「やまちゅうの思いは当然です。あなたは、以前これと同じ道を辿って居ますから。」
「えっ、どういう事だい? 俺は、裏金剛へなんか来た事は無いぞ。それとも、前世の記憶が、残っているとでも言うのかい?」
「実は、裏金剛は、我々が越えて来た表金剛と全く同じ山なのです。」
「ええっ? それじゃあ、俺たちは、また後ろに向かって居るのかい? こんな事をしていて、一体、何時、四門地獄へ辿り着くんだい?」
「心配無用です。四門地獄へは確実に近付いて居ます。」
「そうなのか? どうもよく分からないが、まあ、前に進んでいるのなら、それでいい。」
と、不思議そうな表情をしながらも、やまちゅうは、一応納得した。
南大門は、やまちゅうが奇妙に感じる遥か前から、六法道の話した無い様に気付いていた。橘の周りをくっ付き離れず、あれこれ話したり、暫く見惚れたりしながらも、彼は、辺りの様子を絶えずノートに記録している。無類の女好きだが、それはそれ。一方で、片時も気を緩めぬ鋭い観察眼は健在である。六法堂とやまちゅうの会話を聞いて南大門は、
「それじゃあ、わしらは異次元をうろついて居ると解釈すれば良いのじゃな?」
と、尋ねた。六法堂は、老学者に向かい、こっくりと頷いた。そして、
「そうです。冥界は複雑で、例えば、今五次元です、などとはっきり言いきれませんが、三次元の人間界より何倍もの次元が混在して居るのです。そして、それらの次元を行き来しながら私たちは進んで居るのです。」
と、言った。
南大門は、六法堂の話を暫し整理した。そして、
「以前、わしの師であり友であったアラン・ドロリンが、四次元の存在を証明した時は、世界中の学者達が驚いたものじゃ。だが、今は、人間界でも、理論的には十一次元までの存在を確認して居る。これは科学者としての勘に過ぎぬが、それよりかなり多くの次元が存在して居る可能性を感じて居った。」
と、六法堂に話した。
「その通りです。天界には三十三次元まで存在します。」
「やはり、想像通りであったか。が、それほど多くの異次元の世界が、存在するとは・・・。わしは、死ぬまでにその総ての次元を解明出来るであろうか(また死んだ事を忘れて居る)・・・ターちゃんと楽しく過ごす時間も欲しいし・・・閻魔殿に残したチーちゃんとも話したいのじゃが・・、それに勝るとも劣らぬ程の探求心が、この老いぼれの身体の中から湧いて来るわい。」
「爺さん、橘だからターちゃんかい?」
「そうじゃ。わしらは、お互いに『なんさま』、『ターちゃん』と呼び合う仲なのじゃ。それは兎も角、六法堂、わしらは、既に幾つもの次元を行き来して居ると、あんたは言うたが、何故、わし等は、次元の変わり目に気付かぬのじゃ? 次元が変われば、物質そのものの形も自ずと変わって見える筈。」
六法堂は、南大門に応えて、
「それは、三次元以上の世界を、人間の能力で認知する事が不可能だからです。そもそも次元の構成要素は、時間・距離・質量の三つです。これらが複雑に絡み合って、それぞれの次元を独立維持して居るのです。例えば、同じ物でも、三次元で確認出来る形と、それ以外の次元で確認出来る形は、まるで違って見えるのです。それは、各次元でのアゲインスト・パストタイム・ストリング原子の寿命が、それぞれ違う事に起因します。物質は、その原子に依って、形状が保たれて居ますが、この原子の寿命は、極短くて、人間界の装置では、正確に測定するのは不可能です。そして、何より測定を不可能にしている原因は、この原子が、時間を逆行して生きるという処にあるのです。」
「なるほど・・・・・。おお! ターちゃん、つい六法堂が、ペラペラと話すのでな・・・寂しかったであろう。さあ、先は長いが、わしが付いて居る。暑うは無いか?・・・足は痛まぬか? 何ならやまちゅうに背負うて貰うか?」
南大門、一通りの話を聞き、納得した後は、勝手放題。先程までの、学者然とした真剣な表情は、もう全くない。橘の手を引いて、山を登り始めた。
しかし、山頂に着く頃には、逆に橘が、南大門の手を引いていた。
一行は、この山頂で一泊する事にした。山を下りれば、其処は四門地獄を先頭に、八熱地獄、八寒地獄と続く。一刻も息の抜けない状況が待ち構えて居るであろう。特に、六法堂の思いは格別で、大仕事を任された信頼に応えるべく、閻魔を尊敬して止まない若者は、眼下に在る数多の地獄を想い、身の引き締まる様な興奮を感じていた。
そんな彼の気持ちを知ってか知らでか、南大門は、橘との話に華を咲かせて居る。尤も、九十九パーセントは、南大門が、一方的に話して居る。橘は、それに
「はい。」
とか、
「左様で?」
とか応えて居るだけである。
やまちゅうは、横になっては居たが、眠れない様子で、時折体を右に左に転じていた。しかし、どうも深い眠りに着けず、暫くして上体を起こし、